09「瞳を閉じて」




窓のない小ぢんまりとした船室。喫水線は今はあの小机の高さくらいだろうか。一人用の居室として造られたその部屋には、小さな書き物机と行李がひとつ、そして粗末な寝台だけ。壁に設えられた紋章灯が音もなくゆらゆらと光を投げ掛ける。
「・・・・・・・・」
ただでさえ狭苦しい、しかしこの船と自らの事情を鑑みれば最上級の待遇であろうこの個室の寝台を占領している物体を見下ろして、ヘルムートは溜息にも似た苦笑を洩らした。
「・・・本当に、仕方のない・・・・・・」



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「ヘルムート、いる〜〜〜?」
ノックも無しにヘルムートの部屋に転がり込んできたのは、軍主の少年だった。ヘルムートは丁度昼食を終え、休憩時間を部屋で過ごそうと戻ってきたところだ。そういえば少年も先ほど食堂で仲間たちと食事をしていたようだったが。

「な・・・」
何か用か、と問う間もなく、少年はヘルムートの寝台にどさりと倒れ込んだ。
「だ、大丈夫か!!」
ヘルムートが慌てて駆け寄ると、少年はむくりと身体を起こした。
「あ〜、ごめん、何でもないんだ。ただちょっと・・・・」
寝不足で、と少年は苦笑しながらヘルムートを見上げた。昨晩、軍師エレノアの海戦指南に白熱してしまい、少年とエレノアとアグネスとで相当な夜更かしをしてしまったのだと。少し話しにくそうにしているところを見ると、おそらくアルコールも大分入っていたのだろう。
瞼を半分閉じ、欠伸を噛み殺しながら話し終えると、少年は再びぱたりと寝台に倒れ込んでしまった。
「・・・僕の部屋、なんだかんだ言って昼間は来客が多いから・・・ここなら・・・・・お願い、30分でいいからさ・・・・・」
倒れたままで呟く少年にわかった、と部屋と寝台の使用を許可してやると、少年は安心したように今度こそ本当に目を瞑り、程なくして紛れもない寝息が聞こえてきた。
「・・・早いな・・・・・」
食事をしている時はいつもと変わらない様子に見えたが、やはり無理をしていたのだろう。
それは強さと言うべきか、それとも・・・・・。



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倒れ込んだ姿勢のまま寝台の外に投げ出されていた足からブーツを脱がせ、転がすように寝台の真ん中に寝かせてやると、少年は少し身動きをして口の中で何か呟き、そうしてまた眠りに落ちていったようだった。
薄手の上掛けを胸のあたりまで引いてやってから、ヘルムートは書き物机の小さな丸椅子を寝台の傍に引き寄せて腰を下ろした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
安らかな規則正しい寝息が、この部屋の空気も鎮めていくようだ。ランプに照らされたその寝顔はいっそあどけない。
・・・・そう言えば、まだ子供と言ってもおかしくない年頃なのだ・・・。
それをつい忘れさせてしまうのは、少年の置かれた境遇や、現在の立場の所為だけではない。今は閉じられていて見えない、少年の海色の瞳・・・・。その強いひかりが、周囲の人間と、ヘルムートを幻惑しているのだ。
目を閉じている今だからこそわかる、その強さ。
軍主として振る舞う時、敗将となったヘルムートに仲間になれと言い下した時、そしてヘルムートに恋心を打ち明けて迫ってきた時も。
その瞳から目を逸らすことなどできず、ただ頷くしかなかったのだ。
そして目を閉じている今だからこそ、その瞳が時折揺らいで映し出す、強さ以外の様々も思い返すことができる。
それは年相応の少年らしい喜怒哀楽であったり、ヘルムートだけに見せる依存心であったり、あるいは今のような無防備な信頼であったり。

軍主たる者はこうであれと説教する者は他にいくらでもいるだろう。
ならば、自分に振られた役割は・・・・・。

それが自分でいいのかと、今までに何度も自問してきた。
だが、選んだのは少年自身で、ヘルムートも自分の立場や少年の権限という制約を超えてそれに応えようと思ったのだ。
「・・・・ ─── ・・・・・・」
微かに少年の名を呟き、柔らかな前髪をさらりと撫でる。
・・・せめて今は、こうして眠っている時くらいは、只の子供でいるといい。
この安らかな眠りを守るのが、今の自分に与えられた役割なのだろう。その眠りは、少年にとっても、ヘルムートにとっても甘美なひとときだった。

少年はたぶん知らない。ヘルムートが、こんなにも少年を愛おしく思っていることを。 ・・・・・普段は優位な立場を取られがちなのだから、これくらいのハンデはあってもいいだろう?



せめて今は・・・強く惹かれるひかりを宿すその瞳を閉じている、今だけでも。






《END》 ...2007.10.27




 


ヘルムートさん視点だとやっぱりこうなります。
ヘルムートさんがどんだけ4主のこと好きなのか4主自身は知らないんだよ。
それをわかってて、焦らしてるのか(笑)大人の分別で抑えてるのか。
天然で伝えきれてないのもいいけど、確信犯でもいい。

おまけ:Side4






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