「うーん、これはもしかして・・・・」
流れる雑踏の中、一人たたずみながら、少年はこっそりとつぶやいた。
「はぐれちゃった、かも・・・・・?」




08「あなたの手」




事の起こりは、ハーヴェイのお誘いだった。
「ミドルポートに久しぶりにバザーが出るんだってさ!行ってみよーぜ!!」
ラズリルにいた頃に、少年も何度か行ったことがあった。年に数回、不定期に開催されるそのバザーでは、群島諸国だけでなく南方の大陸や、あるいは遙か北のハルモニアあたりの珍しい品々が扱われることもあった。
「そうだね。何か役に立ちそうなものも見つかるかもしれないし・・・」
少年が少しだけ考え込みながらそう言うと、
「って、そんなリーダーっぽいことムリに考えなくても、楽しめればいいじゃねーか!バザーもミドルポートも久しぶりだぜ!!楽しみだなー!」
仲間になってから知ったハーヴェイの他人にも伝染するほどの開けっぴろげな明るさは、少年にとっては新鮮で、時たま救われるような気分にもなる。
「それじゃ行こうぜ!シグルド、ヘルムート!!」
「え?俺もなのか・・・?」
相棒のシグルドは当然として、すぐ近くのいつもの定位置にいたヘルムートもメンバーに入っていたようだ。ハーヴェイと少年の会話を聞くともなしに聞いていたらしいヘルムートは、いきなり名を呼ばれて驚いている。
「決まってるだろ、俺たちトリオなんだからさ〜」
「・・・あ、あれは!!トリオっていうか成り行きだろう・・・!」
ハーヴェイは、気に入った人間にはとことん構う。誰が考案したのかわからないあの「美青年攻撃」に付き合ってくれるヘルムートをかなり気に入っているようだった。
・・・ちょっと、妬けるかな、などと少年は思ってみる。
「ほらほら、ごちゃごちゃ言ってねーで!」
半分ハーヴェイのペースに巻き込まれるようにして、ビッキーのいる第二甲板へとなだれ込む。
そして一行は、ミドルポートへ跳んだ。



街の中心の広場を囲むように、簡易テントや地面に敷布を広げての露店が並ぶ。お買い得な群島諸国の海産物、フンギが見たら喜びそうな珍しい食材、異国のアクセサリーや貴重な薬草。
「これなんか、キカ様に似合いそうじゃねえか?」
「・・・そういうのはあんまり好みじゃないような気がするぞ・・・」
「お前にキカ様の好みがわかるっていうのか!」
アクセサリー屋の前でハーヴェイとシグルドが、キカの好みについてああだこうだと言い合い、隣の店ではヘルムートが赤月からやってきたという香炉を手に取って眺めている。そんな彼らに乗り遅れた感の少年が、他に何か面白そうなものはないかと広場をぐるりと見渡して────
・・・・ 振り返ると、三人とも、姿が見えなくなっていた。





「やっぱり、待ち合わせ場所くらい、決めておくべきだったよね・・・・」
少年にとってミドルポートの街自体は、勝手知ったる何とやらで、別に迷ったり戸惑ったりするわけではない。だが、バザーのお陰でいつにも増して人出の多い繁華街で、はぐれてしまった仲間を見つけるのはどうにも難しそうだ。
「おっと、ごめんよ!」
ぼんやりと立ち止まっていた少年は、ぶつかられた勢いで流れる人波に乗ってしまった。そのまま、流されるまま歩きながら、ふと、自分の存在が希薄になったような感覚に捉われる。

船の上にいる時は、少年はリーダーで艦長で、常に皆の関心を引いている『特別』な存在だ。
それが・・・今はどうだろう。
仲間とはぐれた少年をそれと認識する者はなく、すれ違う誰もが少年に気を止めることはない。

僕は、本当に・・・ここにいる・・・・?


例えばこのまま消えてしまったとしても、誰も気付かない。
立場も名前も、なにもかも放り出して、消えてしまったとしても・・・・・・



そんな思いがふと頭をよぎり、だめだその考えは危険だと思考にブレーキをかけようとしたその時。
「・・・・アキツ!!」
名を呼ばれ、左の腕を掴まれた。
そうだ、それが僕の名前だと、さっきの頼りない感覚から引き戻されて振り返ると、それは怒ったようにも見える真剣な表情のヘルムートだった。
「探した・・・・無事だったか・・・」
よく見ると、少し息が上がっている。おそらく少年を探してあちこち走り回ったのだろう。
「ごめん・・・心配かけたね」
「ああ・・・いくらミドルポートとはいえ、君は軍主なのだからな・・・」

言いながらヘルムートは、少年の手を取って歩き出した。ハーヴェイたちと待ち合わせ場所を決め、それぞれが少年を探しに散ったのだと。
「見つかったら宿屋の隣の茶店に・・・・見つからなくても時間が来れば集まることになっているから・・・」
途切れることのない人波の中を、またはぐれてしまわないように、少年の左手をつかまえたままでヘルムートは歩く。

・・・なんだか、おかしな感じ・・・・。

少年は軍主で、皆を導く者だ。
様々な思いを抱えて船に乗っている人たちを、そして仲間になった今も迷いを感じているヘルムートを。
それが、今はまるで逆になっている。
消えてしまいそうだった少年を引き戻し、仲間の元へと導いてくれる。
その手が、ハーヴェイでもシグルドでもなくヘルムートだということが、何故だか泣きたくなるほど愛おしい奇跡のようだった。

僕を導いてくれる、あなたの手は
それはもしかしたら、この先ずっと・・・

例えば戦いが終わった後も、
例えば命を全て削られて紋章の記憶の中で彷徨うことになっても、
例えば輪廻の中 また別の人生を生きることになっても、

いつもこの人は行く道のどこかに立ち、手を伸べて待っていてくれるのではないかと・・・・互いに迷いを抱きながら、それでも少年の手を取って、標となって導いてくれるのではないかと。







そんな、予感がした。






《END》 ...2005.12.16




 


もうちょっとラブラブになる予定だったのにシリアスに突っ走ってしまいました・・・!
予定では、ヘルムートさんに手を握られてドッキン☆ ・・・てラブコメかい!みたいな感じに
なるはずだったんですが(笑)。
あの・・・輪廻転生とかじゃなくて、ホントは4周目とか5周目とかなんです。何回プレイしても
ヘルムートさんに会いにラズリル行くたびドキドキします。わくわくします。幻水5が出ても
6が出ても、きっとまた群島諸国に戻ってきます。何回でもぐるぐると出会いを繰り返すんです。
愛・・・・・。





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