05「ハグ」
「あ〜あ、早く海に出たいなぁ・・・」
ミドルポートの広場を歩きながら、少年が溜息まじりにつぶやいた。
久しぶりにミドルポートに上陸してから、もう一週間にもなる。
吟遊詩人が領主の屋敷に忘れた楽器を取りに戻る。
老魔術師とその押し掛け弟子は地下工房でうっかり新しい実験を始める。
鍛冶屋のアドリアンヌは鉱石を買い出しに港をうろついていたところを馴染みの客に見つかって、休業状態の店を臨時開店する羽目になる。
そんなこんなでユーラスティア号がなかなか出航できないでいる間、少年は「麗しの巻き毛亭」の主人の(ちょっと強引な)招きで宿屋に滞在しているのだった。
「それはそうだが、久しぶりにのんびりできるって喜んでる連中もけっこういるみたいだぞ?」
少年と連れだって歩くケネスは、もちろん少年のように宿屋ではなく船に留まっていた。今日は買い物をしに街へ降りてきたのだ。
「そうだね・・・。船体のメンテナンスもちゃんとしてもらってるみたいだし、たまにはいいかもしれないけど」
それでも、港からの海風に吹かれ、停泊するユーラスティア号の勇姿を見ていると、すぐにでも出航したくなる。海の真ん中で聞く波の音が恋しくなる。
そして、それ以上に・・・・
「・・・・・あ!」
「・・・うわ・・・・・・・」
広場から港へ抜ける細い路地の角を曲がると、道端に二人の人影があった。ぴったりと身体を密着させて抱き合うその若い男女は、見たところ例えば商売女と客などではなく、何故か突然この場所で気分が盛り上がってしまったらしい恋人同士のようだった。少年とケネスは目のやり場に困って足早に通り過ぎようとするが、恋人達にはそんな通行人も全然気にならないらしい。
「まったく・・・・なんでこんな往来の真ん中で盛り上がれるんだ・・・・」
バカップルめ、と言わんばかりのケネスのつぶやきに苦笑しつつも、少年が考えていたのは彼の恋する人のことだった。
道端の恋人達を見た瞬間、思い出した人。
彼らの姿に、自分たちが重なる。
抱き締めた身体の温もり。
背中に回された腕にそっとこめられた力。
頬にさらりと触れる、髪の匂い。
・・・・・・会いたい。
そう、ミドルポートに上陸してからもう一週間も会っていない。
あの人が仲間になってから、こんなに離れていたのは初めてじゃないだろうか。
そう思うともう、いてもたってもいられない。
・・・「足りない」。
あの人が足りないんだ。
「・・・ごめんケネス!僕船に戻るよ!!」
そう言い置いて、少年は走り出した。
後ろで何か叫ぶケネスに心の中で謝りながら、路地を駆け抜ける。
「足りない」ことに気付いてしまったら、もうそれなしではいられない。
初めてだ、こんなこと。
今までこんな風に誰かを好きになったことなんてなかった。
たとえ親しい仲間でも、抱き締めるほどの接触なんて、したことがない。
誰かに恋をするのも
その相手に同じくらい想われるのも
そうして、心と同じように身体を触れ合わせるのも
・・・何もかもが、少年には初めてだった。
「デスモンドさん!!ヘルムートはどこにいるのー!?」
「え・・・!? ええと、・・・ヘルムートさんなら今日は、第7倉庫で備品のチェックを・・・」
「ありがとう!!」
甲板からサロンへ駆け下りた少年は、皆のスケジュールを管理するデスモンドに彼の人の居所を半ば叫ぶように訊ね、えれべーたを待つのももどかしく、階段を一足飛びで降りていった。
ばたーん!と勢いまかせにドアを開けると、積み上げられた木箱の前でヘルムートが驚いて振り向いた。
「・・・な・・・・!?」
何か言いかけるヘルムートに駆け寄って、そのままの勢いで抱きつくと、押されたヘルムートはよろけて壁に背中をついてしまった。
「戻っていたのか・・・・?どうして、急に・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
少年は、何も言わない。ただ、抱き締めるだけで。
そんな少年の様子に、ヘルムートもそれ以上は何も訊いてこなかった。
さっき思い出したのと寸分同じ、
抱き締める身体の温もりと形。
香りと鼓動と息づかい。
愛しい人を、全身で感じる。
キスをして、身体を重ねることだってあるのに。
抱き締める
それだけのことが、今はどうしてこんなに愛おしいのだろう。
「 ・・・ ───── ・・・・・・・。 」
耳元で少年の名をつぶやいたヘルムートが、 その背に、 そっと腕を回した。
《END》 ...2005.06.26
うあー甘酸っぺえ〜〜。思春期全開!初恋バンザイ☆ ってか。
道端で突然盛り上がるカップルは実体験を元にしております。
「なにも研○○館の前で盛り上がらなくても・・・」と苦笑しつつ駅への帰り道を急ぐ私と同僚K嬢。
そして思いつくネタ。ありがとうバカップル。
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