「ねこじゃらし4」




「猫、おとなしくしてるな。えらいんだな〜〜」
グラスを片手に、上機嫌のジェレミーが感心したように言った。
「にゃー」
答えるように、俺の脚の間で丸くなっていた黒ブチの猫が鳴いた。
「トラヴィスが躾けてるからなのか?でも猫ってそんなに言うこと聞くものなのか?」
ハーヴェイも、すごいな!と言いながら聞いてくる。
「いや、たぶん、今は腹減ってないからだと思う・・・」


空いた船室で酒盛りをしてる。
俺と、ジェレミーとトリスタン。それからハーヴェイとシグルドとヘルムート。
あと・・・俺に付いてきた猫たち。
酒のツマミに小魚のカラアゲとか、ソーセージとかチーズとか、いかにもなものが用意してあったけれど、よこせとねだってくる子はいない。
油っこかったり塩分多めだったり、猫におすすめできるものはあまりないので助かる。

「にゃぅ〜〜〜」
一匹の猫が甘えるように鳴いて、ヘルムートの膝に擦り寄った。
それもやっぱり、食べ物をねだっているわけじゃない。撫でてくれと訴えている。
「ん・・・・」
特に何か言葉をかけてやるでもなく、促されるままヘルムートが猫の耳の後ろを指でなぞる。
猫エキスパートの俺から見ても、なかなかの手付きだ。
「それ・・・確か、ラズリルから乗ってきた猫だったよな?」
肩に登ってきたキジトラの猫をあしらいながらハーヴェイが言った。
「ああ。ずっとラズリルの港に住んでいたらしいが・・・アキツが連れてきたんだ」
背中に銀灰の縞模様を背負った猫は、ゴロゴロ喉を鳴らしてヘルムートの手に頬擦りしている。
この船の中でも格段に賢い猫で、気に入ったニンゲンにはどこからか持ってきたおくすりをプレゼントしてくれる、通称「おくすりネコ」だ。
もちろん俺ももらったことがあるぞ。そいつに気に入られてるってことは、かなりの猫レベルってことだ。

「お前さ、特に猫好きってわけでもなさそうなのに、なんか猫に好かれてるよな〜」
「そ、そうか・・・?」

どうやら自覚はなさそうだが、俺にはわかる。
俺はただひたすら猫好き故に努力してここまで昇りつめたから・・・羨ましいことこの上ない。
コイツは天性の猫コマシだ。その証拠に・・・
「ヘルムートは、あんな厄介そうな猫にだって懐かれてるじゃないか・・・」
膝の間の黒ブチ猫を撫でながら、俺はちらりとヘルムートを見遣る。
「・・・・・・?」
「あの、人見知りで見栄っ張りで強がりの、デカい黒猫・・・・・」
口の端だけで笑った俺のジョークが通じたんだろうか、ヘルムートは途端に顔を紅く染めて狼狽えた。
「な・・・!懐かれてるだなんて・・・・っ、それにアレは猫じゃな・・・・・・」
・・・図星すぎる。
だけど、俺の他には誰もわからないようだ。みんな「???」って顔してる。
「ま、いいけどな。あんな猫は、ヘルムートくらいじゃないと相手できないだろ」
「────────!!!」
顔を紅くしたまま憤然と立ち上がって、何も言わずにヘルムートは部屋を出て行ってしまった。
「にゃう〜・・・」
後に残されて不満そうなおくすりネコと、あっけに取られたみんな。
「だいじょうぶ・・・・怒らせたわけじゃないから・・・・」
場を取り繕おうと、俺は隣のシグルドのグラスにワインを注いだ。
そんなことで簡単に酒盛りの空気は元に戻り、みんな陽気に飲み始める。


猫はいっぱいいるし、猫タイプのニンゲンもいっぱいいる。・・・面白いな。
やっぱりこの船に乗って正解だった。
注ぎ注がれ、俺も杯を重ねる。
ユーラスティア号とその艦長殿に・・・・、乾杯。



******************************




ばたーーーん!!とドアを閉め、ヘルムートは廊下を足早に去ろうとした。
トラヴィスにからかわれ頭に血が上っていたが、えれべーたに乗ろうか、それとも二階層なら階段の方が早いか・・と冷静に考えている部分もあって、それを自覚している自分が可笑しかった。
「懐かれているだなんて・・・・・・」
だが、それ以上的確な表現もなかっただろう。
何というタイミングか、その時ちょうど、階段をアキツが降りてきた。
「・・・ヘルムート!」
ユーラスティア号の最高権力者にして軍主で艦長のその少年は、嬉しげにヘルムートの名を呼んでから慎重にあたりの気配を探り、誰もいないのを確かめてから側に走り寄ってきた。
ヘルムートの腕を取り、愛おしげに頬擦りする。
元クールーク将校というヘルムートの立場、そして自分の立場を慮ってなのか、少年は決して余人のいる前ではヘルムートに親しげな態度を取ることはなかった。
恋心を告げ、こうして触れてくるのも、決して誰にも知られることのないところで。
それはいつもヒトの目を気にして、取り澄ましたり隠したり繕ったりする猫のように。
「・・・・・・・・・・・・・・アキツ・・・」
ヘルムートの肩にもたれかかってくる少年の柔らかな髪をそっと撫でる。
・・・こんな有様では、懐かれてると言われても仕方がない。
「・・・何・・・・?」
ひっそりと笑ったヘルムートの気配が伝わったのか、少年が怪訝そうに顔を上げた。
「いや、何でもないよ・・・・・」

猫は嫌いではないし、この少年だって同じことだ。
自分を慕ってくれる者を無下にはできないし、慕ってもらえれば素直に嬉しいと思う。
けれど、他の誰よりこの少年に応えてやりたいと思ってしまうのは、早い者勝ちだったからか、それとも思いの強さに絆されたのか・・・・・

それは自分にも猫にも少年にも、トラヴィスにもわからない。
ふわふわと猫の毛のように心地よい不確定。






《END》 ...2008.01.26




 


猫はすべからくツンデレです。そこがいいんです。
トラヴィスの語り・・・って判りづらかったかな; トラヴィスはたまにブームが来ます(笑)。
でも本当は常々好きなのかもしれません。猫好きってだけでもうツボです。





Reset