「いつかネコになる日まで」




「ノアのおかーさんはネコボルトで〜、ネイ島からオベルにおよめに来たの。だからノアにもネコボルトの耳があるんだよ」
「え・・・・ええ!?」
ノアはどうしてネコ耳を付けてるの、と訊いたら、こんな答えが返ってきた。ホントにマジで?ハーフネコボルト??と目を白黒させる少年に、ノアはにぃ〜と笑って見せた。それは少年が混乱する様子を楽しんでいるようで、またも「おにーちゃんだまされた〜!」とオチが付くのかと思いきや。
「だからいつか、ノアにも本物のネコ耳が生えてくるんだよー!」
からりと笑って一回転する少女の、長く伸びた三つ編みのリボンが揺れた。それは一瞬ネコの尻尾のように見えて少年が幻惑された隙に、じゃあね〜と脳天気な一言を残してネコ耳少女は走り去ってしまった。
「・・・・・・・????」
少年の頭に残るのは、疑問符ばかり。



「え?ノアちゃんのお母さん?いいえ、普通のニンゲンの方だったはずよ」
数日後のこと。
図書室から本を抱えて出てきたフレアを手伝って半分本を運んでいた少年は、会話のついでにノアの母親についてそれとなく訊ねてみた。
「ネコボルトの旅行者ならごくごくたまにいたけれど、オベルに住んでいたことなんてないわよ。あの子は確か、ご両親を亡くしていて、父方の叔父様にお世話になっているって聞いたことがあるんだけど・・・」
交易商を営んでいるその叔父様は、船を駆って群島の島々を巡り、あまり家にいることがなかったらしい。
「ほとんど一人暮らしみたいなものだったらしいの。あんな小さな子を放っておくなんて、私もどうにかしてあげたいと思っていたのだけど・・・一応保護者がいて、家もあったものだから・・・」
放置されてカード遊びを覚えてフリョー少女になってしまったのだろうか。でも、そんなに悪気がある感じじゃない。レートだってごくまともだし、勝負を吹っかけて構ってもらうことを楽しんでいるみたいだった。
「オベルが占領されて、みんな自分のことで精一杯になってしまったの。あの子がお腹を空かせていても、誰も気付かなかったなんて・・・。本当に、私・・・・」
軽い雑談のつもりが、フレアはいつの間にかどんどん一人で落ち込んでいく。
「だ、大丈夫だよフレア!今はもうノアだってお腹空かせることなんてないし、むしろカードで荒稼ぎしてるみたいだし、それに・・・・」
「・・・それに?」
「あの子がフレアのこと悪く思ってるはずないよ。王宮に出入りしてた時、邪魔にしたり追い出したりしないで優しく話しかけてくれて嬉しかったって言ってたもの」
「・・・そう、なんだ・・・」
「うん。だから大丈夫。これからまたちゃんと、ノアのこと見ててあげればいいんだよ、きっと」
「・・・そうね。ありがとう、アキツ」
やっとフレアは笑ってくれた。あの少女はこんなにもこのオベルの王女に気にかけてもらっていたんだと、少年は嬉しく思う。
・・・そしてとりあえず、ノアのネコ耳の謎は解けないままなのであった。





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今日も群島は晴れている。
「よーっし、洗濯終わりっ!!」
本日の洗濯当番は少年とジュエル。最後の一枚の誰かのシャツを物干しロープに引っ掛けて、ジュエルは青空に向かってバンザイをする。
「あとは・・・」
と、空になったタライとバケツを見下ろすジュエルに、少年は言った。
「あとは僕が片付けておくよ。さっきジュエルの方が早く来て準備しておいてくれたしね」
「そお?じゃあお願いするね。よろしくー!」
こういう時の貸し借りの決着の素早さは、気心の知れた仲間内ならでは。ヘタに遠慮して効率を下げることはない。ジュエルは思い切りよく残りを全部少年に任せて、洗濯物の波間に消えていった。甲板はさっき二人で綺麗にしたので、あとは道具を片付けるだけだ。少年がタライやバケツを重ねながら、そうだ石鹸少なくなったから補充しておかないと、などと考えていると、一面に干された洗濯物がさわさわと不自然に揺れた。誰か来たのかと思う間もなく、白いシーツをめくってぴょこりと茶トラのネコ耳が現れた。
「あれ、今日のせんたく当番、おにーちゃんだったんだ〜」
「ノア!」
えへへ〜、とノアは、意味もなく嬉しそうに笑う。
「あのさ、これ、空いてるところに干してもらえるかな?」
そう言ってノアが差し出してきたのは、小さなタライに入った洗濯物・・・それはよく見ると、ノアがいつも身に着けているネコ手袋とネコ足靴だった。そういえば今のノアは素手で、足元も普通のサンダルだ。
「これ、ノアが洗ったの?言ってくれれば僕がやったのに」
今日の当番なんだからさ、と少年が言うと、
「いやいや〜、お気持ちはありがたいんだけどね、これはちょっとトクシュソザイだから、おいそれと人任せにするわけにはいかないのさ〜」
なるほどね・・・と少年は頷きつつ、洗濯ロープのすき間にネコボルトセットを吊り下げた。手袋と、靴と・・・・そういえばネコ耳は洗濯してないんだろうかと改めてノアを見ると、ネコ耳はちゃんといつものように頭から生えている。
「ん?この耳?・・・・これはねえ、手袋とかと違って取れないんだよ、だってこれは本物だもん」
「・・・・・・・・・・・・・」
「なんてね〜!さすがのおにーちゃんでももうだまされないよね!」
二度あることは三度、にはならなかった。少年が疑いの眼差しでノアのネコ耳を見つめると、ノアは笑ってあっさりと偽物であることを白状した。「さすがのおにーちゃん」という言い回しに若干ひっかかりながらも、少しも悪びれたところのないノアには苦笑するしかない。

「お母さんもネコボルトなんて言うから、うっかりだまされちゃったんだけど・・・」
「おかーさんも・・・・って、もしかしておにーちゃん、ホントに信じてたの?」
してやったりという笑みで、ノアが少年を覗き込んできた。
「う・・・・ホントにっていうか、まあその・・・・」
まるっきり図星なのである。
くふふ、とノアは嬉しそうに笑った。
「別にウソつくつもりじゃなかったんだよ。ノアのおかーさんがネイ島から来たのは本当。ノアね、ちっちゃいころ、ネイ島に住んでる人はみんなネコボルトだと思ってたんだ。だから、ノアのおかーさんもネコボルトだったんだって思い込んでて・・・・」
ネイ島出身の彼女の母親は、物心付く以前に亡くなった上、姿絵の一枚も残っていなかったらしい。
「でね、いつかノアにもネコボルトの耳とか尻尾が生えてくるんだと思ってずーっと待ってたのに、ちっとも生えてこないから・・・・自分で作っちゃったのさ!」
「な、なるほど・・・・」
聞いてみれば納得できる。しかも母親を思い出す縁(よすが)だったとは、意外と健気な理由ではないか。
「あ、でも今はちゃんと、おかーさんもノアもネコボルトじゃないってわかってるからね!今も耳付けてるのは・・・・だまされる人がいて面白いから〜」
「だまされる・・・・よねえ、やっぱり・・・・」
そういうことはやめなさい、などど言ってみたところで、二度までもだまされた少年では負け惜しみにしか聞こえないだろう。
「でもいいよねっ?ノアには似合ってて可愛いでしょ、これ」
悪びれることもなく自分で可愛いなどと言ってのける。これぞノア真骨頂。
「ま、いいんじゃないかな。僕も猫は好きだし」
何気なく言ってしまってから少年は、ん?と思う。
これでじゃまるで僕、ノアのこと可愛いとか好きって言ってるみたいじゃない?
気付かれたらきっとまた調子に乗って絡んでくる・・・・と、少年はノアの方をこっそり窺ってみたが、幸い少年の発言に特にツッコんでくる様子はない。ホッとすると同時に、何故だか少し残念でもあった。
「もう、ノアは一生ネコ耳付けてるといいよ!そのうちネコ耳付けてなかったらアンタ誰とか言われちゃうんだから」
「なにそれ〜!そんなこと言うんだったら、今度うさ耳とか作っちゃうよ〜!?」
おにーちゃんのいじわる!とノアはネコ耳カチューシャを外して少年に付けようとしてくる。
「ダメだよそんなの僕が付けてたって!」
少年の頭上に手を伸ばすノアからカチューシャを取り上げると、少女は返してよ〜と背伸びをする。
「ほらほら、ちょっと大人しくして」
ノアの頭をぽん、と叩き、少し乱れた茶色の髪を撫でつけてから、少年は本来あるべきところにカチューシャを差した。
ノアにネコ耳。
「うん。やっぱりノアはこうじゃないとね」
一人でなにやら納得している少年を、ノアは首を傾げて見上げてきた。
「いいのかな、これで?」
「・・・え?」
「こんなもの付けてて変な子とか・・・思わない?」
「ノア、もしかして・・・一応気にしてたの?」
「う〜ん、まあちょっとはね〜」
にゃはは・・・と、ノアは恥ずかしそうに苦笑する。もしかして、誰かに「変な子」って言われたんだろうか。
「・・・僕は変とか思う前に、ノアのこと本当にネコボルトだって信じちゃってたからなあ」
「うん」
「だから、ノアはこのまま・・・いつか本物のネコ耳が生えてくるまで、このままでいればいいと思うよ」

生えてくるかな?と、ノアは少年を見上げて首を傾げる。
さあどうだかね?と、少年はノアの前髪をするりと撫でた。

話しているうちにうっすらと気付いた。そうかきっとこれが、「好き」ってやつなのかな。
「もし生えてきたら、真っ先に僕に見せて。待ってるから・・・・見てるから、ずっと」
それはそれは遠回しな告白の言葉で、ノアみたいな小さい子には伝わらないと思うけれど。
「ん!」
それでもノアは嬉しそうに笑ってくれた。
「それじゃー待っててね!ノア頑張るから!!」
頑張ったって生えるわけじゃないだろー!とツッコみながら、ずっとずっと、一生かけてもこの子を見ていたいと、少年は思うのだった。






《END》 ...2007.09.28 ... 2007.10.27UP




 


4主ノア先輩からさんに捧げました、4初のノーマルカプSSでした(笑)。
ノアたんはネコボルトのフリしてるのにどうしてネイ島じゃなくてオベルにいるのかと
考えていたら、こんな話ができあがりました。
タイトルは新井素子(まんまやん)。





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