「HatchPotch」




01.毛玉戦争
ドラッグストア・○ツキヨで買い物を済ませて帰る途中、ヘルムートはふと足を止めました。道端で何か動いたような気がしたのです。
振り返って近付いてみると、それは二つの毛玉でした。赤茶の毛玉と黒い毛玉がもつれ合ってばたばた動いています。もっと近付いてよく見ると、それは二つの生き物でした。どうやら何かを取り合って争っているようです。
「だからこれは俺が先に見つけたって言ってんだろー!!」
「そんなの関係ないね!先に拾った方の勝ちだもん!!」
茶色い仔犬と黒い仔猫が、一本の魚肉ソーセージをめぐって死闘を繰り広げていたのです。
「いい加減あきらめてよー!僕もう三日も食べてないんだよ、可哀相でしょ!?」
「自分で可哀相言うな!俺だってたぶんそれくらいなんも食べてねえ!」
三日も食べてないと言う割には二匹ともものすごく元気です。火事場のクソ力というやつなのでしょうか。それとも、犬猫の三日は人間の三日と長さが違ったりするのでしょうか。
ともかく、このまま二匹を放っておくのも気が引けたヘルムートは、暴れ回る二匹の首根っこを掴んでひょい、と持ち上げました。
「お前たち・・・・仲良く半分ずつ、というわけにはいかないのか?」
「「半分じゃ足りない!!!」」
二匹の声が仲良くハモりました。それから「ん?」と首をかしげます。
「おにーさん・・・誰?」
黒い仔猫がぶら下げられたまま訊いてきました。
「誰って・・・まあ、通りすがりの者だが・・・・」
がさりと、○ツキヨのビニール袋が、ヘルムートの足元で音を立てました。
とたんに二匹の目がそれに釘付けになります。
「ごはん・・・・」
どちらともなく呟いて、爛々と目を光らせています。
「こ、これは食べ物じゃないぞ!今日は洗剤と乾電池とタワシしか買ってない!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・うちに、来るか・・・・?」
こっくりと、ヘルムートの手にぶら下げられたまま、茶色い仔犬と黒い仔猫はうなずいたのでした。




02.おまわりさんは困って
茶色い仔犬はハーヴェイ、黒い仔猫はアキツと名乗りました。もちろん、出されたごはんをひととおり平らげてからです。
「それで、お前たち・・・・飼い主はいるのか?」
なりゆきで連れてきてしまったものの、二匹とも毛並みは悪くなく、根っからの野良とは思えません。
が。
「僕にはそんなのいないよ」
黒猫アキツは拗ねたようにそっぽを向いてしまいました。物心ついた時にはひとりだったとのこと。でも何故か名前が付いていることを考えると、親とはぐれたか、もしかしたら捨てられたか・・・・
「で、ハーヴェイの方は・・・?」
「キカさま!」
「キカ・・・?それがお前の飼い主の名か?」
「そうだ!」
その名を呼んだだけで、ハーヴェイの尻尾がぱたぱたと動きました。アキツがちょっと羨ましそうに、そんなハーヴェイを見ています。飼い主の名がわかっているなら話は早そうだと思われたのですが・・・
「家?・・・住所?・・・・でんわってなんだ??」
何か手掛かりはと犬に自宅の電話番号を訊いたヘルムートが間違っていたようです。
「・・・・そうか、迷子か・・・・・」
「うん、それだ!」
なに得意げに言ってんのさ、と黒猫が冷静にツッコミを入れました。
結局うやむやのうちに、二匹はヘルムートの家に転がり込むことになったのです。





03.相互理解 
一人と二匹で過ごすようになって数日が経ちました。二匹とも段々とヘルムートの部屋に慣れ、ヘルムートも二匹の性格がなんとなくわかってきました。
ハーヴェイは、とにかくいつでも元気全開です。
出かけていたヘルムートが部屋に戻ると玄関まで飛んできて出迎え、ちょっとでもヘルムートの手が空いていると見るや、構って攻撃を仕掛けてきます。寝ている時と食べている時以外はいつでも動き回っているのです。
それに比べてアキツは、無口で大人しい猫でした。
言いたいことははっきり言うし、ハーヴェイのボケにも的確にツッコミを入れるのですが、とにかく子供のくせにクールなのです。猫だからなのか、それともアキツだからなのかは不明です。
そんな好対照で、かつては魚肉ソーセージをめぐる敵同士でもあった二匹でしたが、なんとか仲良くやっているようでした。・・・と言いますか、アキツがヘルムートだけでなく自分にも向けられるわんこの構って攻撃を上手くあしらっているだけなのかも知れません。
色々話しかけているのをクールに受け流されているハーヴェイは、それをちっとも気にした様子がありません。辛抱強いのかそれとも単に鈍感なだけなのか・・・
端から見ていて心配になったヘルムートは、ハーヴェイに訊いてみました。
「ハーヴェイ、お前は・・・アキツのこと、どう思ってる?」
「は?・・・・どうって・・・?」
とても意外なことを訊かれたらしく、ハーヴェイは目を丸くして首をかしげました。
その姿勢で固まったまましばらく考え込んで・・・やがて何かに思い当たったらしく、ぴんと耳を立てました。
「大丈夫だぜ!あいつ、ヘルムートのこと嫌ってなんかいないから!」
「・・・え、俺・・・・?」
全然まったく方向違いの答えが返ってきました。
「無口でブアイソーだけどただそれだけで、俺たちのこと嫌いとか、ここにいるのがいやだってわけじゃないんだ」
だから心配することないんだぜ?と、ハーヴェイはヘルムートを見上げて言いました。
好き放題やっているように見えて、なかなか気の優しいところもあったのです。
「ああ・・・そうだな。ありがとう、ハーヴェイ」
アキツのこともハーヴェイのことも、心配することはなさそうです。
見上げてくるハーヴェイの頭を撫でてやると、顔いっぱいの笑顔で尻尾を振るのでした。




04.君が笑えばみんな 
その日、家に帰ってきたヘルムートの手には、またも○ツキヨの袋が提げられていました。なんだそれ、なんだ??と興味津々でハーヴェイがのぞき込んでいると、中から犬用の首輪とリードが出てきました。はぐれ猫のアキツはともかく、飼い犬だったはずのハーヴェイも、首輪を付けていませんでした。聞けば、首輪が壊れたか何かで脱走して遊び回っているうちに、迷子になってしまったとのこと。実によくある話なのでありました。
ヘルムートが二匹を拾ってきてから数日経ちますが、ずっと部屋に入れたままで、一度も外へは出していなかったのです。そろそろ散歩へ連れて行ってやらないと、ストレスが溜まったりするかもしれません。かと言って、首輪もリードもなしに外へ出したりしたら、きっと鉄砲玉のように飛び出して、またどこかで迷子になるに違いありません。
犬の散歩には首輪とリードが飼い主の義務なのです。
・・・いや、別に飼い主というわけではないんだが・・・
ハーヴェイの本当の飼い主が見つかるまでの、仮の飼い主と首輪でした。
「首輪?それ、俺のか?」
「ああ。散歩に行くなら、とりあえずこれを付けないと」
「散歩!?行く行く!!早く!」
散歩と聞いてとたんに元気二倍増しになったハーヴェイに、新品の首輪を付けてやりました。
「・・・こら、ちょっと大人しくしてろ!」
赤に近いオレンジ色の首輪は、ふさふさの赤茶の毛並みによく似合っていました。
「それから・・・・アキツもちょっと、こっちへ」
ヘルムートは黒猫を呼びました。タンスの上で大人しく成り行きを見守っていたアキツが「なに?」とヘルムートのそばへ寄ると。
「え・・・・?これ、僕の・・・・?」
○ツキヨの袋から、もう一本首輪が出てきました。ヘルムートの手で黒猫に付けられたそれは深紅で、小さな金の鈴が付いていました。アキツがヘルムートを見上げると、ちりん、と鈴が鳴りました。
「ハーヴェイだけでは不公平かと思って。嫌だったら外しても構わないが」
「ううん、ええと・・・・・・」
口を開きかけたアキツは、何か言葉をためらうように口ごもり・・・結局「ありがとう」と、小さく言っただけでした。とりあえず、首輪を嫌がっている様子ではないので、ヘルムートはそれで良しと思うことにしました。
「それじゃ、出掛けるぞハーヴェイ」
新品のリードをパッケージから出してハーヴェイの首輪にかちりと繋ぎ、玄関のドアを開けると、ハーヴェイは早速飛び出そうとしてリードをぐいと引きました。
「早く、早くー!」
やはり鉄砲玉だ・・・と思いながらヘルムートが靴を履いていると、アキツがねえ、と声をかけてきました。
「僕も一緒に行っていい?」
「ああ、そうだな。君も少し外へ出た方がいいだろう」
ヘルムートの許可をもらった黒猫は、するりとふたりの脇を抜けて、先に玄関の外へ出ました。そこで大人しくふたりを待っています。
「あ、なんだよお前、先行くなんてずりー!」
「別に置いて行こうなんて思ってないよ」
「ちょっと待て・・・、なんで俺だけリード付けられてるんだよ!」
なんか不公平だ!とハーヴェイはヘルムートに抗議してきました。
「それは、お前が犬だからに決まってるだろう」
「アキツには必要ないのかよ!?」
「ないだろう、当たり前だ。見ろ、ああやって大人しく待っているじゃないか。お前には絶対ムリだ。お前を放したりしたら、そのままどこまでも走っていってまたどこかで迷子になって、ここへも元の家へも帰れなくなるんだぞ。それともお前、散歩に行って走らずに大人しくしていられると自分で思っているのか?」
「う・・・お、思わない・・・・だって散歩行って走らなかったら、いつ走ればいいんだ・・・」
ヘルムートのもっともな指摘に、ハーヴェイがしょぼんと耳を垂れて言葉を詰まらせていると、あはは、と笑い声が聞こえました。
「おかしいよーハーヴェイ!だって散歩って歩くことじゃないの?なのに、そんな走ってばっかりみたいな・・・」
アキツが笑っていました。余程ツボに入ったのか、笑いはなかなか止まりません。
「アキツが・・・・」
「笑ってる!」
それは、ハーヴェイ曰く無口でブアイソーな黒猫の、初めて見せた笑顔でした。
「アキツお前、ちゃんとそんな顔もできるんじゃねーか!」
「・・・なっ、何言ってるのさ!当たり前じゃない!」
アキツの笑顔が嬉しくてハーヴェイが思わずじゃれつくと、とたんに笑顔は消えてしまい、鬱陶しそうにハーヴェイを押しのけようとします。でも、その不機嫌そうな表情も、今はどう見ても照れ隠しにしか見えません。
「もうー、離してよ!!」
アキツはやっとハーヴェイの腕を抜けて、リードの届かない玄関先へ避難しました。
「あ、こら待てよ!」
「あんまり引っ張るとそのうち首が締まるよ馬鹿犬!」
「なんだとー!!」
ぴんと張ったリードに脚をもつれさせて転がるハーヴェイと、それをふふんと澄まし顔で見るアキツ。
なんとも愛すべきおバカ犬と、とんだツン猫なのでした。




05.猫は窓から 
ちりん、と窓際で鈴の音。
「でさ、俺の飼い主、キカさまっていうんだけど、すげーかっこいいんだぜ!」
「ふーん」
犬ハーヴェイと黒猫アキツは、今日も仲良く・・・・たぶん仲良く、ハーヴェイがアキツに色々話しかけていました。
「俺だけじゃなくて、色んなやつがいるんだ。俺みたいな犬も他にいっぱいいるし、自分のこと人間だって言い張るヘンな猫の女の子とか、毛がふかふかの金色の目の羊のおねーさんとか・・・」
「ハーヴェイ!!!」
ソファで新聞を読んでいたヘルムートが、突然振り向いて叫びました。
「な、なんだよ・・・?」
「今、なんて言った・・・?」
「へ?」
「今の話、お前の家のことなんだな!?」
「うん、そうだけど・・・」
ヘルムートはずっと、ハーヴェイの本当の飼い主を探していたのです。
手掛かりは、ハーヴェイと飼い主キカの名前だけ。今度は半月に一度発行されるタウン誌にでも迷い犬の広告を載せてもらおうかと思っていた矢先でした。
「犬とか猫がいっぱいいて、羊や・・・もしかしたら虎なんかもいたりしたか?」
「ああ!ピンクの虎のおっさん、いたなー!」
「間違いない・・・」
ハーヴェイの話で思い当たったのは、隣町の郊外にある『どうぶつふれあいパーク』でした。犬や猫はもちろん、ウサギやリスなどの小動物、羊や虎という珍しい生き物まで集め、家でペットの飼えない人たちの癒しの場となっている、ちょっとした地元の観光スポットです。
「そこがたぶん、お前の本当の家だ。今から連絡を取ってみる。当りだったらきっとすぐ帰れるぞ!」
ヘルムートは電話帳を調べに隣の部屋へ行ってしまいました。
「・・・・・・・・・」
「ハーヴェイ、どうしたの、嬉しくないの?」
突然のことに驚いてしまったのでしょうか、ハーヴェイの反応はいまいちでした。
怪訝そうにアキツがのぞき込んできます。
「・・・いや・・・、そうか、帰れるのか・・・・・」
キカさまと、みんなのところ・・・・と、ハーヴェイがつぶやくと、頭はなかなかついていかないようでも、体は正直なもので、尻尾だけがぱたぱたと動きだしました。
帰れる、帰れる・・・と自分に言い聞かせるようにつぶやきながら尻尾をぱたぱたさせるハーヴェイを、アキツはじっと見ていましたが、突然ぴょんと出窓に飛び乗って、少し開いていた窓からするりと外へ出て行ってしまいました。
「あ、おい待てよ!」
猫みたいにはジャンプできないハーヴェイは、出窓に乗ることも追いかけることもできません。ハーヴェイと違ってしっかり者のアキツは、行きたい時にひとりで散歩に行ってもいいよとヘルムートに言われていたのです。窓が開いていたのも、そのためでした。
「だからって、何なんだよ急に・・・!」
「ハーヴェイ、やっぱり『ふれあいパーク』がそうだったぞ!早速明日にでも迎えに来ると・・・・
・・・あれ、アキツは・・・?」
ヘルムートが戻ってきて、ひとり出窓に上ろうと飛び跳ねているハーヴェイに驚きました。
「わかんねー!俺が帰れるんだって言ってたら、急に・・・」
「・・・、そうか・・・・」
ヘルムートはハーヴェイを抱き上げて、出窓に乗せてくれました。窓は少し開いたままでしたが、そこからいくら眺めてみても、アキツの姿は見えません。
────そしてとうとう、暗くなっても夜になっても、黒猫アキツは戻ってこなかったのです。




06.長い夜 
猫の足音はしなくても、鈴の音ならきっと聞こえる。
そう思って耳を澄ませて待ち続けて、とうとう夜になってしまいました。
「・・・もう暗いから・・・・明日、朝になったら探しに行こう」
外へ出て探せばきっと見つかると言うハーヴェイに、ヘルムートは静かに言いました。
「何でだよ!あいつのこと、心配じゃないのかよ!?」
「心配は心配だが・・・アキツのことだから、きっと大丈夫だ。それに、もしかしたら・・・」
「もしかしたら・・・、何だよ?」
「・・・いや、いい。とにかく今日はもう仕方ない。窓はちゃんと開けておくから、
夜中に帰ってきても大丈夫だろう」
「うー・・・・」
いつもの時間に晩ご飯を食べ、いつもの時間にお風呂に入り、いつもの時間にヘルムートは寝てしまいました。冷たい奴だぜヘルムート!!と鼻息を荒くしたハーヴェイでしたが、どうもおかしな感じでした。突然出て行ってしまったアキツだけではなく、慌てて探そうとしないヘルムートも、そしてハーヴェイ自身も。
何故だかはわからないけれど、とにかくアキツを連れ戻さないと。そう思ったのです。

ヘルムートがすっかり寝入ってしまったのを見計らって、出窓の下に洗濯かごを運んできました。ひっくり返して上に乗って、力いっぱい背伸びをして・・・・なんとか、出窓に乗ることに成功しました。夜中に帰ってくるかもしれないアキツのために、窓は少し開いています。
「・・・よしっ!」
ハーヴェイが通り抜けるには少し狭いすき間に身体を突っ込むと・・・・
「!!」
当然ながら、窓の外に床なんてありません。部屋が一階だったのが幸いでした。下の庭が柔らかい芝生だったのも幸いでした。落ちた弾みで植え込みまで転がったハーヴェイでしたが、衝撃に目をぎゅっとつぶりながらも、微かな鈴の音を聞き逃しませんでした。
「・・・ってて・・・・・。あ、アキツ・・・・いるのか・・・・?」
ちりん、と鈴の音が、痛みにうずくまるハーヴェイに近付いてきました。
「・・・・何してるのさ・・・・」
「何ってことはないだろ・・・。こんなとこにいるんなら、どうして家に入ってこないんだよ・・・?」
「・・・ひとりで、考えごとしたかっただけだよ」
痛い思いをしたハーヴェイを一応気遣ってくれているのか、またどこかへ行ってしまったりしないで隣に座り込みました。
「アキツ俺、明日・・・・、キカさまが迎えに来てくれるって・・・」
「・・・・・・そう、良かったね・・・・」
素っ気ない返事ですが、いつものクールに受け流す調子とは全然違っていました。
「アキツ、でも俺・・・」
「僕はずっと外でひとりで暮らしてきたから・・・たまたまヘルムートにここに連れてきてもらって、みんなで一緒に過ごして、・・・家族ってこういうのを言うのかなって思ってたんだ。・・・でもやっぱりハーヴェイは、ほんとの飼い主が一番大事なんだよね・・・」
一番大事。そう言われてハーヴェイは、初めて自分が迷っていることに気付いたのです。
「それに、僕は・・・どうしたらいいのかな・・・」
ちりん、とアキツは首輪に付いた鈴を鳴らしました。
「はっきりとは言われたことない。僕はここの家の子なのか、それともハーヴェイのついでに置いてくれてただけなのか、わからないんだ・・・・」
「お前、それで考えごととか言ってこんな遅くまで・・・?」
「そうだよ、悪い!?」
「ああもう、そう突っかかるなよ」
半分の形の月が、向かいのアパートの屋根の上に姿を見せました。もう真夜中なのです。
「僕がそれを願ったり、選んだりすることはできると思う?」
「・・・ああ・・・。できるんじゃないかな・・・」
アキツの話に応えながら、ハーヴェイにもアキツの考えごとモードが伝染ってしまったみたいでした。
ハーヴェイは、今まで何も選んだことはなかったのです。何も選ばなくても、それでじゅうぶん幸せだったから。
でも、今は迷っていて、迷っている以上は、何かを選ばなくてはならないのです。
「・・・俺も、どうしよう・・・」
思わずつぶやいてしまった瞬間、通り抜けた風にくしゃみが出ました。
「あ・・・なんか、けっこう寒いな・・・」
「うん・・・それじゃとりあえず、家の中入ろうよ」
「そうだな」
とりあえずでも何でも、アキツが帰る気になってくれて良かった。
そう思いながらハーヴェイは、出てきた窓を見上げました。
「・・・・・・・・・・」
「・・・考えなしに飛び降りるなんて、やっぱりバカ・・・」
「なんだとー!誰のせいだと思ってんだこら!!」
猫だったら軽々入れる窓も、ハーヴェイにとってはそびえ立つエルイール要塞にも等しい絶壁でした。
「仕方ないなあ。じゃあほら、これを」
二匹は庭の隅にあった空のプランターやらバケツやらを積み上げて、アキツが上から手を貸して、ようやく揃って元の部屋に帰ることができたのでした。

「もう寝よ。明日はキカさまが迎えに来てくれるんでしょ」
さっきのしんみりムードはとりあえず横にどけておくことにしたようです。二匹の寝床は、ヘルムートの寝室の片隅にありました。古くなった座布団やクッションやタオルを寄せ集めたそこにもぐり込もうとしたハーヴェイに、アキツが待って、と声をかけました。
「今日は・・・こっち」
アキツがヘルムートの寝ているベッドに飛び乗って振り返ります。
「うん・・・そうだな!」
ハーヴェイもベッドによじ登って、上掛けにもぐり込みました。アキツと一緒にヘルムートに身体を寄せると、温かくて、いい匂いがしました。
「・・・・たった一週間、なのに・・・・」
早くも半分眠りに落ちているアキツが、最後につぶやきました。
・・・たった一週間なのに・・・、なんだか生まれてからずっとここにいるような気がする・・・・。
そう思いながらハーヴェイも、眠りに落ちていったのでした。




07.ホーム・スイート・ホーム 
「これは、つまらないものだが・・・」
「いや、お構いなく」
大人同士のお約束のやりとりです。次の日ヘルムートの家を訪ねてきたキカさまは、ハーヴェイが散々自慢していたとおりの格好良い女性でした。
ハーヴェイは、キカさまーキカさまー、と嬉しそうにまとわりついています。
・・・やはり、本当の飼い主、か・・・
手土産のドラゴンまんじゅうとふかふかヨーンぬいぐるみ(どちらもふれあいパークの大人気商品です)を受け取ったヘルムートは、半分感心するような心境で飛び回るハーヴェイを見ていました。アキツはといえば、朝からまったく関心がないふうを装っていて、でも今はドアの陰からこっそり様子をのぞいています。
昨夜はいつの間に帰ってきたのか、朝早くにヘルムートが布団の中で何か動くものに驚いて飛び起きたら、二匹が平和そうな寝顔で寄り添って眠っていたのです。ハーヴェイとアキツの間に何があったかなんて知るよしもありません。
それでも、アキツが実は相当寂しがっているらしいことは、ヘルムートにもわかりました。いくら無口でブアイソーでも、一週間も一緒に過ごせばなんとなくわかってくるものです。
「・・・それでは、この辺でおいとましよう。また、パークに遊びにでも来ていただければ」
ふれあいパークは確か今日は休園日ではなかったはずで、それでも多忙なはずの園長のキカさまは、ハーヴェイを迎えに来たのです。連絡して次の日にすぐ来てくれるなんて、余程心配していたに違いありません。
「そうですか。それではまた、ハーヴェイに会いに行くことにします」
「ああ。待っている」
そうして、ハーヴェイを腕に抱いてキカさまは帰っていきました。
玄関のドアがばたんと閉まると、あたりは急に静かになりました。
「・・・・ヘルムート・・・・」
黒猫アキツが、げた箱の陰から出てきました。
「行っちゃったね、ハーヴェイ・・・」
「・・・ああ・・・」
「・・・・ねえ、ヘルムート・・・・一つ訊いてもいい?」
「なんだ・・・?」
見上げてくるアキツは、今までになく真剣でした。ヘルムートもつられて緊張してしまいます。
「・・・僕は、ここにいてもいいのかな?」
「・・・どういうことだ・・・?」
一瞬、何を訊かれたのかわかりませんでした。
「だってさ、この首輪、ハーヴェイのついでに買ってきてくれたんでしょう?僕がここに来たのだってなりゆきだったし。ハーヴェイはいなくなっちゃったし、僕も、出て行かなくちゃ、ならないのかな・・・、って・・・・」
言っているうちに言葉は途切れがちになり、最後には俯いてしまいました。
「バカだな、そんなわけないだろう!」
まさかアキツがそんなことを考えていたなんて、ヘルムートは思いもしませんでした。
「・・・だけど、首輪だって、外しても構わないなんて言うから・・・」
「君は猫だから、犬みたいに首輪を付ける義務はない。どうしても首輪を嫌がって付けさせない猫もいると聞いたことがあったから・・・。それに・・・自由に生きてきた君を、首輪や飼い主というもので縛って
しまってもいいのかどうか、迷っていた・・・」
「僕は、ここにいたい。ヘルムートと一緒に暮らしたい」
アキツは、ヘルムートの目をまっすぐに見て答えました。
「僕に選ぶ権利があるっていうんなら」
「・・・ああ・・・・ここにいるといい・・・。君が、いたいと思うなら・・・」
ヘルムートは膝を付いて、アキツを抱き締めました。わかっていたつもりでも、やっぱり言葉にしてみて初めてわかることもあるのです。アキツだけではなくヘルムートも、本当はこのままここにいて欲しいと思っていたのでした。
「ハーヴェイは、でも、やっぱりキカさまが一番なんだよね・・・」
「・・・それは仕方ない、ハーヴェイが選ぶことだ・・・」
「でもさ、ヘルムートがいて、ハーヴェイがいて、それがあんまり幸せすぎたから・・・」
いつもは元気すぎて鬱陶しいくらいのハーヴェイでしたが、いなくなると急に、家の中が痛いくらい静かに思えました。
でも仕方ない、仕方ない・・・と、ふたりがそれぞれ自分に言い聞かせていると。
ぴんぽ〜ん。
出し抜けに、玄関のドアチャイムが鳴らされました。アキツとふたり、別世界に入り込んでいたヘルムートの心臓が飛び上がります。
「は、はい・・・・」
何とか息を整えてヘルムートがドアを開けると、そこに立っていたのは、さっき別れを告げたはずのキカさまとハーヴェイでした。
「・・・あの、何か忘れ物でも・・・・?」
「忘れ物、ね・・・。ある意味そうだな」
キカさまは含みのある言い方をして、腕に抱いていたハーヴェイを下ろしました。
「俺、すっかり忘れてたんだ!今日キカさまに会ったら話そうと思ってたこと・・・」
ヘルムートの家を出て少し歩いて、最初の角を曲がったところで、突然ハーヴェイが声を上げたそうです。
「実はハーヴェイが・・・」
「待ってキカさま、自分で言うから!」
ハーヴェイはヘルムートの足元に走り寄って、ぴんと耳を立てて言いました。
「俺、ここんちの子になりたい!!」
「・・・・は・・・・・・」
「ハーヴェイ!!」
ヘルムートの後ろからアキツが飛び出してきて、ハーヴェイに突っ込みました。
二つの毛玉が、初めて会った時みたいにいっしょくたに転がります。
「・・・というわけなんだが、面倒を見てもらえるだろうか?」
「キカ殿・・・。いや・・・俺は別に、構いませんが・・・」
あんまり意外な展開に、ヘルムートがやっと返事をすると、キカさまはフフっと笑って、
「多少うるさいが、分けて配れるほどの元気が取り柄だ。・・・まあ、貴方にももう分かっているとは思うが」
ではよろしく、と言って、キカさまは今度こそ帰っていきました。
「ハーヴェイ」
いつもとはまったく逆で、じゃれついてくる黒猫をようやく押し返したハーヴェイは、ん?とヘルムートを見上げました。
「・・・・お帰り。」
「ああ・・・・ただいま!!」
ハーヴェイが笑って、アキツも笑って、ヘルムートも笑いました。
こうして一人と二匹は、この家で、ずっと一緒に暮らすことになったのでした。

 

 

08.幸せな散歩
「それにしてもさ、角を曲がるまで思い出さなかったなんて、やっぱりバカ・・・」
「うるさいなー。仕方ないだろ、久しぶりにキカさまに会って嬉しくて忘れてたんだよ」
あんなにシリアスに語り合ってたのにー、とアキツが呆れたようにつぶやきました。
元気でおバカなのは相変わらずのハーヴェイでしたが、ヘルムートの躾が少しは効いたのか、リードを引かずに落ち着いて歩けるようになりました。
これが正しい散歩の姿です。
今日はみんなで揃って『どうぶつふれあいパーク』に遊びに行くのです。
ハーヴェイの初めての里帰りでした。
「久しぶりに羊のおねーさんのふかふかが触れるなー!楽しみだぜ!!あ、そうだ、アキツお前、きっとあのヘンな猫の女の子と気が合うんじゃねーかな」
「なにそれ、僕がヘンだって言いたいの?」
「言ってることはちょっとヘンだけど、茶トラの可愛い子だぜ!俺はいいと思うなー」
「なにその見合いババァみたいな発言・・・」
「お前なあ!俺がせっかく・・・・!」

この幸せな散歩が、いつまでも続きますようにと、二匹と一緒に歩きながらヘルムートは思うのでした。






《END》 ...2007.04.20/UP ... 2007.06.26




 


犬まつり投稿作第二弾です。調子乗りました。乗りすぎました。
わんこハーヴェイ×ヘルムートがお題だったはずなのに、いつの間にかこんなことに。
ハーヘルじゃないのに「萌え〜」とか言ってもらえて本当嬉しかったです。
ありがとうございます。ごめんなさい。
耳っ子&飼い主の他、ツンデレ4主やハー主という新境地を開拓してしまった記念作です。
その後の犬ハー×猫4妄想だけでしばらく生きていけそうな気がしました。
でもこっそり4ノアフラグも立ってたりする。





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