ラズリルの港に住んでいた、サバトラ縞の猫を知ってる?
ラズリルを奪回したとき「一緒に行かない?」って聞いたら「にゃー!」って
言ってくれて、今はこのユーラスティア号に乗っている。
人懐こくて物怖じしないから、誰とでも仲良くなれる可愛い子。
僕がラズリルを離れていた間、クールークの人たちにも可愛がられていたみたいで・・・・。
「ねこじゃらし3」
ヘルムートの部屋のベッドに寝転がって、僕は本を読んでいる。
読んでいるフリをしながら、ヘルムートの後ろ姿をこっそり見ている。
夕食後、いつものようにヘルムートの部屋を訪れたら、思いがけない先客がいた。
ドアをノックして名乗ればいつも向こうからドアを開けてくれるのに、今日は「どうぞ」と言われただけで、あれ?と思いながら自分でドアを開けたら、その子がいたんだ。
机に向かうヘルムートの膝の上、丸くなって目を細めて。
ああなるほど、これじゃ立ち上がってドアを開けるなんてできないよね。
「すまないな、今ちょっと手が・・・・」
見れば、膝の上の猫に加えて、机の上には書類が積み重なっている。
今日は忙しいみたいだ。
「うん、いいよ気にしないで」
なんて、何でもない風に言いながら、僕は内心穏やかではいられない。
猫なんかに先を越されるなんて・・・って、悔しいのと妬けるのと。
僕がヘルムートの寝台に腰を下ろすと、その子は起き上がってヘルムートの膝から下り、僕のそばにやってきた。ぴょん、と寝台に飛び乗り、座る僕に擦り寄ってくる。
ああもう、やっぱり可愛いなあこの子は。
こんな子相手に嫉妬の炎燃やしたって全然敵わないよ。
僕は猫を抱き上げて、顔の高さに持ち上げる。
「君も、ヘルムートのこと好きなの?」
「にゃー」
「そっか・・・やっぱりそうだよね」
「にゃ?」
「そうだよライバルだよ僕たち」
「にゃあぅ〜」
「そ、そういう会話は他所でしてくれないか・・・」
机上の書類にかかったままだったヘルムートが振り向いた。
ちょっと呆れたように僕たちを見ている。
ふふ、と僕は笑って猫の耳にキスをする。
「ライバルだけど、君のことも好きだよ」
「にゃ〜」
お返し、とばかりに猫は僕の唇をぺろりと舐める。
これでヘルムートも、少しはヤキモチ妬いてくれないかな。
と、猫は僕の腕をするりと抜けて床に下りた。
「にゃー!」
と僕に声をかけ、ヘルムートの脚に頬擦りしてから、さっき僕が閉めたドアの前に立って見上げてくる。
「開けるの?」
僕が立ち上がってドアを少し開けてあげると、隙間をくぐって、猫は出て行ってしまった。
「にゃ〜〜」と、最後に一声。
「・・・なんだ、行ってしまったのか・・・」
ヘルムートが言う。ちょっと残念そうに聞こえるのは僕の気のせいかな?
「ライバルだけどジャマはしないよ、だって」
「本当なのかそれは・・・」
「さあどうでしょう?」
疑わしそうに横目で見るヘルムートに悪戯っぽく返すと、また呆れたように肩をすくめた。
相変わらず机に向かったままで、仕事は終わりそうにない。
猫もいなくなっちゃったし、大人しくしていた方が良さそうだ。
僕がもう一度寝台に腰を下ろすと、ヘルムートも机に向き直った。カリ、とペンの走る音。
枕元に本を見つけた。今図書室で一番人気の「新・海賊列伝」だ。よく借りられたなあ。
予約18人待ちですよ、とターニャに言われたその本を手に取って、よいしょ、と寝台に寝っ転がる。
ブーツも脱いで、俯せになって本を開いた。
静かな部屋の中に、ペンの音、紙をめくる音、それだけ。
本を読んでいるつもりでも、意識はヘルムートの方に向かってる。
静かすぎて、僕の呼吸する音心臓の音、ヘルムートの方に眼を動かす音さえ聞こえてしまいそう。
いつの間にか本を読むのをすっかり忘れて、僕はヘルムートの後ろ姿ばかり眺めていた。
ふと、さっきの猫を思い出す。
猫だったらこういう時、膝に乗ったり机の端っこに座っていたりしても許されるのかな。
猫だったら。
猫だったら。
・・・あんまり見詰めすぎたせいだろうか、ヘルムートが肩越しに振り向いた。
銀の髪に隠れてよく見えないけど、視線を投げかけられてドキリとする。
しまった、ダメだよまだ仕事終わってないってわかってるのに。
忙しいなら一緒にいるだけで構ってくれなくていいからって自分で言ってるのに。
なのに僕はヘルムートから眼を逸らすことができない。
理性では邪魔しちゃダメだってわかってるのに、この心臓のドキドキは、期待しているから。
構って欲しい
構って欲しい
構って。
がたん、と椅子を引いてヘルムートが立ち上がる。机の上を少し片づけて、ふ、と息を付いた。
・・・笑った、のかな。
僕は息を詰めたまま、ヘルムートの動きをじっと見守る。
ゆっくりと、寝台に腰掛けたヘルムートは、くしゃりと僕の髪をかき混ぜた。
「・・・本当に、君は」
仕方ないな、とか、困った奴だな、なんて続きそうな言葉だったけど、ヘルムートの手は優しかった。
ごめん、と心の中で謝りながら、僕はヘルムートに抱きついた。
ヘルムートも寝台に上がって、膝枕にしてくれた。それだけで嬉しくて、幸せな気分。
「僕、生まれ変わったら猫になりたいな」
「・・・・猫?」
「そう。それでヘルムートに飼われて一生楽しく暮らすんだ」
「はあ・・・・・」
今だってあまり猫と変わりないではないか、なんて言いながら、ヘルムートは僕の髪を撫でてくれる。
「どこに生まれてもきっとあなたのところに行くから、拾ってあげてよね」
「君なら野良猫でも立派に生きていけると思うが」
「えー、そうかなあ」
僕のおしゃべりに付き合って、ヘルムートも適当に言葉を流す。
「多分・・・いや絶対に黒猫だな」
「不幸を呼ぶっていじめられる可哀想な子なんだねえ」
「・・・・・・・。
・・・・それから、眼は・・・・」
「眼は?」
「あおい・・・碧い、そう・・・海の色だ・・・。きっとすぐに君だとわかる・・・」
銀の髪をさらりと揺らして、ヘルムートは僕の瞳をのぞき込む。
以前、ヘルムートの瞳の色がとても好きだと僕が言ったら、ヘルムートも僕の眼が好きだと言ってくれた。
任務で赴いたラズリルの海の色に魅せられたこと、その海の色と僕の瞳は同じ色なのだと。
強い眼だ、と言われることはたまにあったけど、海の色と思ったことは自分ではなかった。
そっか・・・。
僕はいつも、海と共にあるんだと、そう思わせてくれた。
だから、海で生きることも、海で死ぬことも、怖くない。
あなたがそう思わせてくれたから、何も怖くない。
「猫だろうとそうでなかろうと、」
僕の頭を抱えるみたいに身を屈めて、瞼にキスをしてくれた。
そうしてまた、髪をすくって流す。絶え間ない、自分の髪のサラサラいう音。
ヘルムートに触ってもらうのは、とても気持ちいい。
キスしたり押し倒したりするのも悪くないけど、本当はこうして撫でてもらっているだけで満足なのかもしれない。
・・・なんて言っても信じてもらえないと思うけど。
こころが充たされるというのがこういうことを言うんなら、今までの僕はどれだけ空っぽだったんだろうと思い知る。
そっと髪を滑る指先が首筋にも触れる。
「んっ・・・・・・・」
少し冷たいその感触に、僕は思わず声を上げた。
・・・まだ。まだ足りないよ。
今なら死んでもいいかもという瞬間を何度も与えてもらっているはずなのに、まだまだ欲しくて仕方がない。なんて欲張りなんだろう、僕は。
恋をすること欲しがること充たされること、全部あなたが教えてくれたこと。
いつか猫になったとしても、絶対手放したりしないんだから。
《END》 ...2007.02.18
4主に「猫になりたい」って言わせるのは自分的最終兵器のはずだったのですが使ってしまいました・・・!それでも4主が押し倒すって言ってるところが自分的最後の一線です。
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