「汝、その健やかなる時も、病める時も、これを愛し・・・・」



「これを慰め、これを助け、その命の限り・・・・」




「・・・誓います。」





「スイートキャンディ」




オベルの巨大船、ユーラスティア号。
100人からの人が乗っていれば、十人十色の人間模様が生まれるのは当たり前。オベル脱出時から船員として乗り組んでいた若者と、帰る家を失って船に乗ることになったラズリル出身の娘がこの度めでたく結婚することになったのも、そうやって日々生み出される人間模様の一端であった。


神父に扮したコンラッドの口上に二人が答え、誓いのキスを交わすと、船は歓声に包まれた。一段高い船首甲板から花嫁がブーケを投げると、娘達の歓声がひときわ高くあがる。主役の二人が手を取り合って階段を降りてくると、皆がそれを取り囲み、祝宴が始まった。
元々が陽気で前向きな乗員たちのこと。結婚式という祭事、しかも珍しい船上でのそれに、いつもに増して大騒ぎだ。
「ほら、お前も飲めー!」
ざわめく人の群に飲み込まれてしまいそうだった少年に、タルがシャンパンのグラスを押し付ける。いつの間にか、騎士団の仲間達が少年の周りに集まってきていた。
「楽しい〜!なんかさ、こういうのって、この前の騎士誕生祭以来じゃない〜?」
「そういえば、そうですね・・・・」
いつも陽気で楽しそうなジュエルと、いつもの無表情よりはいくぶん楽しそうに見えるポーラが、かちん、とグラスを合わせている。

と、主役の新郎新婦を囲む人の輪から笑い声があがる。
「やだ〜、お姉ちゃん、だめだよー!」
「いいから!このベールに使った真珠、選んでくれたんでしょ。フィルさんから聞いたんだから」
見ると、ラズリルから父親と共に船に乗ってきた少女が、花嫁のベールを被せられていた。二人は本当の姉妹ではなかったが、ラズリルにいた頃から仲が良く、少女は彼女を「お姉ちゃん」と呼んで慕っていた。その「お姉ちゃん」が、誰かのものになってしまうことに一抹の寂しさもあったようだが、花嫁に対する憧れの気持ちも強かったようだ。少女が裁縫職人の部屋で仮縫い中のウェディングドレスをうっとりと眺めていたのを、少年は目撃したことがある。
今もベールを被せられた少女は、だめだよ〜と言いながらもやはり嬉しそうだ。
少女がくるりと回ると、ベールもふわりと揺れる。
「・・・いいなぁ・・・。あたしも・・・ダメ?」
それを見ていた、少女とやはり仲良しの、ナ・ナルの少女がうらやましそうに言う。
「ええと・・・いいかな、お姉ちゃん?」
「もちろんよ、順番にね。フィルさんの自信作なんですって!」
きゃあ、と、花嫁になるにはまだ早い少女たちと、それよりもう少し年上の娘たちが声を上げた。ベールは次の少女に、そして娘たちの手に渡り、間近でそれを見る彼女たちはその繊細な美しさに溜息をついている。

「え〜、あたしもいいかなぁ〜」
ジュエルがそわそわしている隣で、ポーラがふふ、と笑う。
「ベールを被って誰かの隣に立ってみたいんでしょう?」
「も〜!そんなんじゃないよ、ポーラったら!!」
ポーラが珍しく冗談を言うところをみると、少し酔っているのかもしれない。
「よーし、次はこっち、ジュエル姫だ〜!」
タルが大声で呼ぶと、白いレースのベールをふわふわさせて、キャリーが駆け寄ってきた。
「は〜い、次はジュエルさんですか?」
はぁ・・・と皆の溜息にも似た声があがる。
その職業から、清楚で可憐なイメージの彼女は、普段から男性陣の人気を密かに集めていた。花嫁のベールは彼女にこの上ないほど似合っていて、このまま嫁にもらってしまいたいと思う男も少なくないだろう。
が、キャリーはベールをあっさりと外し、ジュエルの頭上にふわりと被せた。
「えへへ・・・どうかなっ?」
やたらと嬉しそうに、ジュエルは大きく振り向いてベールを揺らして見せる。
普段は男勝りなジュエルの、そんな少しの恥じらいを含んだ笑顔が何よりのエッセンスだ。
「うん、なかなか可愛いぞ」
「そうだな!馬子にも衣装ってヤツだな〜」
「・・・なんだとー!!」
誠実に誉め言葉をかけるケネスとお約束通りにボケるタル、そしてそれにくってかかるジュエル。いつも通りのやりとりが展開される。
少年はそれをどこか懐かしいような心境で見守っていたのだが、それを隣で同じように、優しい眼差しで見ていたポーラが、突然ジュエルの頭上に手を伸ばした。
「・・・・・あ!」
ポーラの手でふわりとベールが外され、それはそのまま────少年の頭に被せられた。
「ちょっとぉポーラ、何やってるのー!?」
「もしかして似合うかと、さっきから思っていたんですが・・・、やっぱり可愛いです」
「・・・・・・・・・・ポーラ・・・・・・・・・・」
少年には、自分に可憐な花嫁のベールが似合うなどとは露ほども思えないし、他の皆もそう思っているらしいことはその表情を見れば明らかだ。
ポーラが酔っているのか素面なのかはわからない。だが、どうやら彼女は本気で言っているらしかった。こんなところがジュエルをして「ホント、エルフって何考えてるのかわかんないよ」と言わしめるのだろう。
白く凍り付いた沈黙を破って、タルが笑い出した。
「あっはっは!似合うぞアキツ!!そのまま嫁に行けそうだな〜!」
「・・・なっ、何言ってるのさ!!」
生温かい目で見守っているポーラは別として、周りの皆はどうやらからかう気満々らしい。
・・・付き合ってられない。
少年はベールを外すと、ジュエルに返そうか、それともポーラに、もしくはニヤニヤ笑ってるケネスに・・・・と皆を見回した(タルに被せるのは流石にベールに失礼というものだろう)。
そのとたん、みんな少年から一歩離れる。一歩近付くと、また一歩離れる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
この調子では、もう誰も受け取ってはくれなさそうだ。
こうなったらもう、持ち主に返すしかないよね・・・と、少年は花嫁たちのいるはずの船首甲板を見渡した。平均より頭一つ高い身長の花婿が見える。花嫁もそのあたりにいるだろうか。だが、それを取り巻く人垣はかなり厚く、突破するのは難しそうだ。ムリヤリ抜けても、この薄いレースのベールが痛んでしまうかもしれない。

少年が思案していると、船首の先端、舞台のように一段高くなっているところにノアとリタの姿が現れた。階段を駆け上がってきた二人は可愛らしく壇上でポーズを決める。
「それじゃーふたりで手品をしま〜す!」
いつものネコ手袋を外したノアがどこからかカードを取り出し、見事にさばいて見せると、感嘆の溜息とともに皆の興味もそちらに移り・・・・困ったことに人垣の厚みは増すばかりだ。
仕方ない。ひととおりパーティが収まるまで隅っこの方で大人しくしていようかと少年が辺りを見回すと、宴席から少し離れた手摺りにもたれて、ひとり壁の花を決め込んでいるヘルムートが目に入った。こんな騒ぎに積極的に参加する人ではないとは思っていたが、いつの間に避難していたのだろう。もしかして自分がベールを被せられているのも、あそこから見られていたのだろうか。そう思うと何故だかちょっと悔しいと思うのと同時に、イタズラ心がわき上がってきた。
小走りに、ヘルムートに歩み寄る。
「こんなところにいたんだ!もしかして・・・ずっと一人で?」
「いやまあ・・・・・・でも、ちゃんと楽しませてもらっているよ」
図星だったのか少し目を伏せて、言い訳するように左手のグラスを上げて見せた。半分ほど入っている薄い金色の液体は、果実酒か何かだろうか。あまり飲んでいるというわけでもなさそうだ。
「ま、それはともかくとして・・・・・・・・・・・えい!」
「な、何す・・・・・・・・!これは・・・花嫁の・・・!?」
スキあり!とばかりに少年は、ヘルムートの頭にベールを載せた。いきなり視界を薄布で覆われたヘルムートは混乱している。
「外しちゃダメだよ!!これ以上いじったらレースが痛んじゃうかもしれないよ?」
半分ハッタリで釘を刺しておいてから、少年は一歩下がってヘルムートを眺める。

・・・・可愛い・・・・似合ってる・・・・。
たぶん絶対、僕なんかの百倍くらいは。

少しずれていたベールを律儀にも正しく被り直したヘルムートは、こらえきれずに少年が笑っているのに気付く。
「・・・ ───── ・・・・・・・!」
何か抗議をしようとしているようだったが、それは言葉にならず、代わりに出てきたのは諦めの混じった深い溜息だった。
笑いながら歩み寄って、少年はヘルムートの隣に立つ。
「笑っちゃってごめん、似合ってるよ、ホントに・・・。
このまま僕たちも結婚式挙げてさ、あの二人みたいに、ずっとずっと・・・・・一緒にいられたらいいな・・・なんて」
少しの見上げる目線で少年がそう言うと、ヘルムートの顔がぱっと紅く染まる。
それはさっきの、少年のからかいに対する羞恥とはまた別のもので。
時折見せるこんな表情が、少年に十ほどの年の差を忘れさせ、たまらなく可愛いと思わせるのだ。

「あの二人みたいに・・・・・・か・・・・。」
独り言のように、不意にヘルムートが呟いた。
「え?・・・・何・・・・・?」
「あの 『誓いの言葉』 というのは、誓いと言うよりは・・・そうでありたいと願い、そうであれと自分たちに言い聞かせているようだといつも思うんだ・・・・」
こんな戦いのさなかに「命の限り」と言うのは切実で、たとえそれで命長らえたとしても、人の心ほど移ろいやすいものはない。
ぽつりとそんなことを言うヘルムートに、少年は思わず言葉を失くした。
このひとは時々、思いもよらないことを言う。
それは大抵ひどく不安定に思えて、いつも少年を落ち着かなくさせる。
・・・そうして、もうどうしようもないほど少年は彼から目が離せなくなってしまっているのだ。

「ヘルムート、それは・・・皮肉?」
言葉を選びながら、少年は聞いてみる。
いいや、と首を振ってヘルムートが答えると、被せられたままのベールがふわりと揺れた。
「あの二人が、言葉通りにずっと幸せでいられればいいと思っているよ」
甲板の真ん中でいまも皆に囲まれている新郎新婦を見遣りながら、ヘルムートは微かに笑った。その横顔がとても綺麗だったので、少年はその言葉が本心からだと思うことにした。

昼下がりの穏やかな海風が、白いレースと銀糸のような髪を優しく揺らす。

「ヘルムート」
「・・・なんだ?」
返事をしてこちらに顔を向けたヘルムートの唇に、ちゅ、と軽く触れるだけのキス。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
不意打ちに言葉を失くして固まってしまったヘルムートが可笑しくて、少年はくすくす笑った。

愛おしい。

このひとと、この海と空と、今のこの瞬間が。

「・・・・・誓います。」

誓うって何をだとか、誓いの言葉とキスと順番が逆だろうとか抗議するヘルムートをぎゅっと抱き締めて、もう一度つぶやいてみる。

「誓います」

    
・・・少年自身にもはっきりとはわからない、「願い」が心の中に生まれたような気がした。






《END》 ...2005.08.27




 


「スイートキャンディ」はWA1の偽装結婚式イベントから〜。セシリア大好き。
願いとか祈りとか約束ってワードが出てくるSSはこの後も数本あるけど
どれもどこかで微妙に繋がってるような気がします。これが最初の一本。





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