クリスマス、という季節の行事がある。
大抵の人が一年で一番楽しみにしている、一年の締めくくりのイベントである。クリスマス当日のひと月も前から準備が始められ、そのための市も立つ。離れて暮らしている家族も集まって、暖かいひとときを過ごす・・・・・
・・・・らしい。

北方の国々で大切にされているその行事はしかし、群島諸国ではあまり馴染みがないのである・・・。




「Sweet Delivery」




「お〜いアキツー!ちょっといいかー?」

風呂上がりにまんじゅうでも買い食いしようかと施設街をうろついていた少年に声をかけたのは、騎士団時代からの馴染みのフンギだった。そろそろ店じまいしようかという頃合いで、カウンターの向こうから手招きをしている。
「何ー?新作デザートの試食とか?」
「・・・またお前はそうやってタダ飯食おうとする・・・・じゃぁなくて!アキツ、ヘルムートさんと仲良かったよな?」
「う〜ん、まあね・・・」
できればもっと仲良くなりたいんだけど、とこっそり付け加えながら、フンギから彼の名前が出てきたことに驚く。
「ヘルムートがどうかしたの?」
「さっきちょっと、話しかけられたんだけど・・・・・」



「すまないが・・・ちょっといいか・・・・?」
ためらいがちにヘルムートが声をかけてきたのは、夕食時のピークを過ぎて、ちょうど客が途切れたところだった。
「はい!今日は何にしましょうか」
「あ、いや・・・その、食事ではなくて・・・」
フンギは当然夕食を食べに来たのだと思ったのだが、どうやら違ったようだ。いつもどこか遠慮がちなヘルムートが、いつにも増して控え目な様子だった。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだが・・・・」



「ドライフルーツなんかが入ったパウンドケーキみたいなのは作れるか・・・ってさ。もちろん大体のレシピがあれば作れるけど、材料がね・・・。ドライフルーツなんて普段使わないから置いてないんだ」
フンギがそう言うと、ヘルムートは「そうか、すまなかった・・・」と言って去ってしまったという。ユーラスティア号に乗ってから、万事控え目なヘルムートが珍しく頼みごとをしてきたのが、フンギには気になったらしい。
「もうちょっと話を聞きたかったんだけど、深追いもできなくってさ。アキツだったら何か力になってあげられるんじゃないかと思って・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・だめならいいんだ。折りを見て自分で聞いてみるから」
「え!ううん、そういうわけじゃないよ!!もちろん僕が聞いてくるよ、うん、今すぐにでも!」
「あ・・・おいアキツ!ちょっと待・・・・」

ラズリル占領時も騎士団の館に留まっていたフンギだったが、ヘルムートはその料理を気に入り、変わらずに台所を仕切れるように計らってくれたらしい。
そんなこんなでフンギがヘルムートに対して抱いている好意が「恋」ではなかったとしても、少年にとってはやっぱり、「ライバルがいっぱい・・・・」なのであった。


フンギの店から走り去った少年は、その足で早速ヘルムートの部屋を訪れた。ささやかとはいえ個室を与えられているのはユーラスティア号ではかなりの待遇で、ひとえに軍主の贔屓に他ならない。その部屋のドアをノックしようとして、少年ははた、と動きを止めた。
「フンギに聞いたんだけど・・・・じゃそのまんま過ぎるし、・・・ええと、何て言えばいいのかな・・・・」
どちらかというと直球勝負な少年に、さりげなさを装って悩みや相談事を聞き出すことなどできるだろうか。扉の前で考え込んでいると、部屋の中で物音がした。やば、と思う間もなく向こうからドアを開けられてしまった。
「あ!・・・・・・」
ドアの前に突っ立っていた少年に、ヘルムートは驚いているようだった。
「な、何だ・・・?そんな所で・・・・何か用事でもあるのか?」
「あ・・・えーと・・・・・・、さっきフンギに聞いたんだけど・・・・・」
結局、直球になってしまった。
「・・・で、何か力になれることはないかと思って・・・・」
「・・・そのことなら、もういんだ。わがままを言って彼を困らせるわけにはいかないだろう」
ヘルムートはそう言って、話を終わらせようと───おそらくはとてもささやかであろう自分の頼み事をなかったことにしようとしている。そんなに遠慮することないのに・・・と、少年はこっそり溜息をつく。
「わがままかどうかは僕が決めるよ。とりあえず、もうちょっと具体的な話、聞かせてくれないかな?」
「・・・・・わかった・・・・」
まだ迷っているようだったが、ヘルムートは少年を部屋に入れてくれた。

「具体的・・・と言っても、大した話ではないんだが・・・」
少年の部屋の半分もない小さな部屋で、差し向かいに卓を囲む。
「今はガイエン艦に乗り組んでいる私の元部下たちに、差し入れをしてやりたいと思ってな。クールークでは、今頃の季節になると食べたくなるような伝統的な食べ物があるんだ・・・」
「なるほど。それが、ドライフルーツ入りのケーキみたいなのってわけなんだ」
ふーん、さすがは部下思いのヘルムートだね、と少年はちょっと妬いてしまう。だが、ヘルムートのそんなところも大好きで、何とかしてあげたいと思うのは、まさに惚れた弱みと言うのだろう。
「それじゃ、足りない材料はドライフルーツだけ?それがあれば作れるの?」
「そうだな。できれば洋酒漬けの、色々なフルーツの入ったものがあれば・・・。あとはたぶん、普通に手に入る材料ばかりだと思う」
「そうしたら、フンギに頼んで作ってもらうんだね」
「ああ。・・・もしくは厨房を貸してもらえるなら、自分で作ってもいい」
「え!ヘルムートが手作り!?」
それはちょっと・・・いや、かなりうらやましい。自分もヘルムートの部下になりたいと、少年は一瞬本気で考えた。
「・・・その・・・・だめならいいんだ・・・。本当にちょっと思いついただけのことだから・・・」
「ダメじゃないよ!まかせといて、これでも人脈だけはけっこうあるんだからね」
「・・・そうか・・・ならば、頼む。」
少年の好きな淡い茶色の瞳に真剣に見つめられ、こうなったらクールークを占領してでもそのドライフルーツとやらを絶対手に入れようと、見えないお星様に誓う。
心の中でぐぐっと握り拳を作りながら、最後に聞いてみた。
「そういえば、そのケーキって、何か名前あるの?」
「ああ。・・・・『シュトーレン』、と言う────」







それから数日。
少年はどこからか洋酒漬けドライフルーツを一瓶、首尾良く手に入れてきたのである。
「・・・これは・・・かなりの高級品ではないのか・・・?」
レーズンを一粒味見しながら、ヘルムートは感心したようにつぶやいた。
「あ、やっぱり?そんな気がする・・・・」
少年がつまんだのはクランベリーだろうか。甘酸っぱさとブランデーの香りが絶妙でこれだけでも美味しく食べられる。
「こんなものを、一体どこで・・・・?」
「僕もよくは知らないんだけど・・・実はラマダさんに頼んでみたんだ」
「あの人にか・・・成程」
幸いにもラマダはシュトーレンを知っており、それを作るのに何が必要かも心得ていた。クールークの文化にあまり詳しくない少年にとっては有り難い限りだった。そして最近は鳴りを潜めているとはいえ、さすが遣り手のヤミ商人、おそらくは最高級品を調達してくれたに違いない。
「後で彼にも礼を言わなければならないな」
「・・・そうだね」
実際に働いたのはアカギかミズキだったかもしれないが、それを言えば、ただでさえ遠慮がちなヘルムートがますます気を遣ってしまうかもしれない。とりあえず今は黙っておくことにした。

さて、材料も手に入ったし、と二人で連れ立ってフンギの店を訪れると、フンギもその高級なドライフルーツに感嘆し、二つ返事で厨房を貸すことを約束してくれた。ただし、とフンギが言うには、夜は後片付けや次の日の仕込みがあるので、朝にして欲しいこと、そして自分にも手伝わせて欲しいということだった。さすがに未知のクールーク菓子に興味があるのだろう。ヘルムートとしても、もちろんそれで構わない。
それでは明日の朝に、ということになった。
「あとは何とかできそうだ・・・。本当に、助かった」
・・・どうやら少年が手助けできるのはここまでのようだった。
本当は作るところまで手伝いたかったのだが、ただでさえ狭い厨房に三人も入っては料理どころではないだろう。
「その・・・上手くできたら、食べてもらえるか?」
「え!いいの!?」
「勿論だ。でき上がったら、持って行こう」
「うん!上手くできなくても食べる!!楽しみにしてるよ」
シュトーレンというクールークの伝統菓子、しかもヘルムートお手製のそれを、食べてみたいと淡い期待を抱いていたのを、分けてくれると約束してくれたのだ。最後まで手伝えないことで少ししぼんでいた気分が、嬉しさで満たんになる。そういえば「やっぱ好きな子の手作りってのは男のロマンだよな〜!」なんて誰かが言っていたような。
もしかしてこれでまた一歩前進?などとウキウキ気分で、少年は次の日を楽しみにしていたのだが。








「・・・はぁ〜〜〜〜〜〜〜・・・・」
広い個室に、溜息が響く。もちろん軍主の少年の、である。
食材を渡して料理人たちと別れてから、翌々日の夜になっていた。例の菓子は昨日の朝に作られたはずである。昼間はさすがに用事で外に出ていたので夜はずっと部屋にいたのだが、ヘルムートは現れなかった。夕食の時に、さりげなくフンギに聞いてみると、どうやら菓子作りは大成功だったらしく、上機嫌で答えてくれた。
ドライフルーツ一瓶を使い切って、普通サイズのものを3本と、その半分のサイズを3本作ったと言う。これなら皆にも喜んでもらえるだろうと嬉しそうに出ていったそうだ。ならば、失敗したから食べさせられないということではないだろう。 ガイエン艦の元部下たちに届けに行ったのだろうか?
それにしては・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 遅い。
そうして一晩中鬱々としたあげく、次の日も忙しくてヘルムートには会えず、結局夜になってしまったのだった。
「・・・はぁ〜〜〜〜〜〜〜・・・・」
約束したのに・・・とか、もしかして僕の分なくなっちゃったのかなぁ・・・とか、一日中そんなことばかり考えてしまう。
これ以上待つのもなんだか悲しいし、もう寝ちゃおうかな・・・と、少年が立ち上がった時。
こつこつ、と、ドアを叩く者があった。
「・・・・・」
今日も一日中待っていて、部屋を訪れたのは待ち人ではない者ばかりだったので、期待半分、諦め半分で少年がドアを開けると・・・・果たして、そこにいたのはやっと現れた待ち人ヘルムートだった。

「遅くに済まない。・・・・もう休むところだったか?」
「え・・・ううん、まだ大丈夫・・・・・」
あんまり待ちすぎたせいか、一瞬なにも考えられなくなる。これを・・・と、ヘルムートから包みを渡されてやっと、じわりと嬉しさがこみあげてきた。と同時に、言ってはいけないと思いながらも、つい恨み言が口をついて出る。
「・・・昨日から、ずっと・・・待ってたんだけど・・・・・」
ヘルムートは一瞬、不思議そうな顔をしてからしまったという表情になる。
「あ・・・言ってなかったか・・・?シュトーレンは出来立てではなくて、1日か2日置いてから食べるものなんだが」
「 ──── ・・・聞いてないよー!」
そういうことだったのか・・・・。少年は思わず叫び、そして脱力した。
「それじゃ、これ、もう食べられるの?」
「ああ。すぐでなくても、かなり日持ちするから・・・」
「今食べるよ!ヘルムートも一緒に・・・いいよね?」
散々待ちぼうけさせられた分は取り戻さないと、と誘ってみると頷いてくれた。
心なしか嬉しそうに見えたのは、少年の気のせいだったろうか。

部屋にヘルムートを招き入れ、お茶の用意をする。卓の中央に置かれた布包みを開いた。皿の上に載せられた、15センチほどの俵型のそれが、初めて見るシュトーレンだった。
「ケーキと言うか、見た目はちょっと地味なんだが・・・」
そう言いながら、ヘルムートはシュトーレンを切り分けた。1センチほどにスライスしたそれを小皿に載せ、どうぞ、と少年の前に置いてくれた。
「いただきます。」
ぱく、と一口。
さっくりとした歯ごたえの生地は、噛みしめるともちもちした食感に変わる。
控えめな甘さの中に、オレンジピールの爽やかな香りがはじけた。
「────美味しい!!」
「・・・そうか? 良かった・・・・・」
少年の素直な、そして最高の感想に、ヘルムートはほっと息をついた。そして自分もそれを口に運ぶ。
「・・・うん・・・久しぶりにしては、上手くできたな」
「あれ?まだ食べてなかったの?」
ガイエン艦の元部下たちに普通サイズを3本届け、半分サイズをフンギとラマダの所に置いてきてから、そういえば自分用というのをまったく考えていなかったことに気付いたそうだ。
それもまた、ヘルムートらしい話である。



「・・・メリー・クリスマス・・・・・」
ヘルムートがそっと呟いた。
少年は知らない。
クリスマスが、北の人々にとってとても大切な行事であることを。
昔は宗教的な祭事であったそれが形骸化した今は、家族や恋人や・・・大切な人と過ごす、寒い冬の暖かなイベントであることを。
群島諸国に冬らしい冬はなく、雪が降ることも決してなかったが、その時二人が共有する空気は、確かにクリスマスの暖かさだったかもしれない。


「・・・・めりー・・・・くりすます・・・?」






《END》 ...2004.12.23




 







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