どこまでも続く青い空。
ここはおそらくイルヤ島の近海。
その洋上に、ぽつりと浮かんだ船・・・・いや、とても船とは呼べない、マストも帆もない小さな手漕ぎボートが一艘。広大な海の上ではとても頼りなく思えるそのボートには、二つの人影が見える・・・・・・。
「ほらほら、もっと一生懸命漕がないと、イルヤ島に着く前に日が暮れちゃうよ」
「・・・そう思うんだったらお前もちょっとは協力しないか!!」
「う〜ん、だって、さっきまで僕死にかけてたわけだし・・・」
「そもそも、何で私がお前と一緒にこんなところで漂流していなければならないんだー!」
大海原に、ヘルムートの叫びが吸い込まれていった。
「だいたい、お前は独りで姿を消すはずだったのだろう?その・・・紋章のせいで」
「うん、そうなんだ。最後に紋章の力を使った僕は、今度こそもうだめだろうと思って健気にも独りで船を出すんだ。僕が死んでも誰かに紋章の渡ることのないようにってね」
「自分で健気とか言うな!じゃあどうして私を連れてきたんだ!」
「やー、タイミングというか、とっさの思いつきというか」
タイミング。
まさにそれかもしれない。
罰の紋章の余波で気を失った皆を横目に、少年は避難用のボートを海に降ろした。
遠くへ・・・・できるだけ遠くへ、独りで。
少年の頭にあったのは、それだけ・・・・の、はずだった。
脱走したらしいコルトンと共に、甲板へ走り出てきたヘルムートと目が合うまでは。
「ヘルムート!ちょうどいいところへ!!」
少年の行動は素早かった。すかさずヘルムートの手を取り、有無を言わさずボートへ乗せる。ヘルムートはもちろん驚いたが、もしや自分たちのために脱出の手段を用意しておいてくれたのかと最大限好意的に解釈し、コルトンにも一緒に乗るように促した。が。
「ああすいません!向こう側にもう一艘ボートがあるので、あなたはそっちで逃げてください!大丈夫、息子さんは必ず僕が幸せにしますからお義父さん!!」
ツッコむスキもあれぼこそ、そんなちょっとの余裕さえなく、少年とヘルムートを乗せたボートは海に投げ出された。
「ちょっと待てー!!父はどうなるんだ!?っていうかお前はどこへ行こうとしているんだー!?」
エルイール要塞が崩壊する。
海は大荒れ。
大混乱の中、少年は一心にボートを漕ぐ。
遠くへ────できるだけ遠くへ。
爆発の余波を追い風にして、あっという間に陸もユーラスティア号も見えなくなった。それでもしばらく漕ぎ続け・・・・・やがて糸が切れたように突然、少年は意識を失った・・・・・。
「だいたい、お前が死んだら、そばにいる私に罰の紋章が宿っていたかもしれないんだろう!?」
「そうだよー。でも大丈夫、僕今回ちゃんと108人集めたから死ななかったでしょ。まぁ独りでボート出して漂流するのはお約束だからってことで」
「お約束ならどうして・・・・」
語尾は溜息に混じって消える。どうやらもう追求する気力も尽きたらしい。
「全部終わって目が覚めた時に、最初にあなたの顔が見られたら幸せだろうなーって思ったんだよ〜。 ・・・・・怒ってる?」
こいつは何を今更、しおらしいフリをしているのか・・・・。怒る気にもなれない。
「ところで・・・こうして漕ぎ続けていたら、イルヤ島には着くかもしれないが、ユーラスティア号には会えないんじゃないのか?」
「うん、別にいいよ。どっちみちほとぼりが冷めるまで、しばらく独りでいるつもりだったから。今あそこに戻ると、色々面倒なことになりそうなんだよね」
「まあ、戦いが終わったわけだし、お前はいわば『英雄』だからな」
「それもあるけど・・・・実は僕、オベル王の行方不明になった息子らしいんだ」
「な・・・何だそれは!?聞いてないぞ!」
「たぶん誰も知らないよ。紋章を通じて知ったことだから。でも万が一誰かにばれちゃったらそれこそめんどくさいよねー。僕、別に認知してほしいとか思ってないし」
「・・・・・・・・・・・・」
「ま、そんなわけで、当分はイルヤ島かどっかに潜伏して、そのうち海賊にでもなってみようかと思ってるんだけど」
「海賊かよ!!」
「よかったら付き合ってくれないかなー」
「断る!」
「あ〜、そんな即答しなくても・・・」
「・・・いいか、イルヤ島に着くまでの縁だと思え!!」
「うん、とりあえずはそれでいいよ」
にこりと、一見無邪気に少年は笑う。・・・この笑顔に何度だまされただろう。イルヤ島までで済むはずがない。
・・・ま、元々自分も姿をくらますつもりではあったし、とヘルムートは気を取り直す。
もうしばらくは付き合ってやってもいいかもしれないが・・・・
「やば!向こうに船影が見えるよ!!早く漕いで漕いで!!」
・・・海賊の手下などにされる前に、さっさと3周目に行ってくれればいいと、密かに思うのだった。
《END》 ...2004.09.26
なんだかドロンジョ様たちが最後に自転車漕いでるみたいです。
息子だとバレてないのをいいことに遁走。将来の夢は海賊。そんなギャグ担当主人公です。
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