「今夜は舞踏会」
倫敦市民の皆様方へ
きたる万霊節の夜、クリスタルパレス前の広場にて市民参加の仮装ダンスパーティを開催します。
どうぞお誘いあわせの上ご参加下さい。
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色々と難しいことが書いてあるけれど、つまりはハロウィンの夜に自由に参加できる仮装ダンスパーティがあるから皆で来てね…ってことらしい。正直、ぼくは仮装にもダンスパーティにも興味はなかったから「ふーん」って思っただけだったけど、貼り紙が市庁舎の前に貼られて以来、この街と、僕の周りは何だかスゴイことになっている…。
「ふンむ…」
屋根裏の僕の部屋から降りていくと、エヴァレット先生のいつもの唸り声。今度は一体どんな大事件かと思えば、そこにいたのは黒いコートを翻し、鏡の前でポーズを決めているドラキュラ伯爵だった。
「…何やってるんですか、先生」
「ああ、君か。おはよう」
「おはようございます、あの…それで一体何を…」
「決まってるじゃないか。今夜の舞踏会の衣装合わせだよ。僕としてはやはりこの胸の赤い薔薇がポイント…」
「それじゃ、捜査にいってきまーす!」
そう言って、ぼくは慌てて部屋を飛び出す。ここ一週間続いている先生の衣装講座…始まると長いんだよな。
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階段を下りると、そこは不思議の国だった。
「レミル〜、どう? 今夜の舞踏会の衣装よ〜」
「あたしだって、まだまだ捨てたもんじゃないだろう?」
「あ…あの、に…似合いますか?」
階下に待ち構えていたのは右からアリエス、ミス・マーガレット、そしてこの家の生活生命線を担っているメイドのジーナさん。ちなみに右からアリス、ハートのクイーン、公爵夫人という格好になっている。特にミス・マーガレットの衣装は、この前の原稿料の半分をつぎ込んで仕立て屋に特注で作らせたものというだけあってひときわ豪華だ。
「ふふーん、我ながらぴったりの選択だったと思わない?あたし以上にアリスが似合う女の子なんて
倫敦中探したっていやしないわ!」
「それを言うなら女王様が似合うマダムなんて倫敦中探したっていやしない…ああ、本物の陛下は別だけどね」
「あ…あの、私は」
「あんただってよく似合ってるわよ! 今日は私達三人で倫敦中の紳士の視線を集めちゃいましょう!」
「そうだよそうだよ、もしかしたら今夜の舞踏会でどこぞの御曹司に見初められるなんてこともあるかもしれないじゃないの。ハロウィンの仮装ダンスパーティで出会ったメイドと紳士の身分違いの恋…いいわねぇ、次の連載はこれでいきましょう!」
「…!い、いえ、私はそんな!?」
赤くなったり青くなったりしているジーナさんをよそに、アリエスとミス・マーガレットは大いに盛り上がっている…頑張れ、ジーナさん。
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「あ〜に〜き〜!」
ドアを開けて外に出ようとした瞬間、聞こえてきたのはいつもの声なのに、目の前にいるのは謎のぐるぐる巻き。
「どうした、相棒」
「ど〜だ、あにき〜、みいら〜、ほうたいぐるぐる〜」
「もしかして、今夜の舞踏会の…?」
それ以外の理由でケガもしてないのに包帯まみれになるはずがない。予想通りの理由とはいえ、相棒もダンスパーティを楽しみにしているみたいだ、けど相棒の奴、ダンスなんて踊れたっけ?
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『本日休業』
探偵協会に行くと、ドアにはそんな貼り紙が貼られていた。アイリーンさんどうしたんだろう、風邪でも引いたのかな…と、いつもなら思うのだけど。
「もしかして…」
見つかったらただじゃなすまいのを覚悟の上で鍵穴を覗く。
『やっぱりもう少し裾を切った方がいいかしら…でもそうするとちょっと刺激が強すぎるかしらねぇ』
そこにいたのは大胆に裾をカットした魔女…の格好をしたアイリーンさん。
仕事は…いいの?
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「いらっしゃい、何か食べていくかい?」
立ち寄った高台のパブでは、マスターがいつものようにそう言ってメニューを渡してくれた。よかった、ここはいつもと変わらない。そう思ったのはメニューを見るまでのほんのわずかな間だった。
『本日のメニュー
パンプキンパイ 3ポンド
パンプキンシチュー 5ポンド
カボチャのリゾット 4ポンド』
…。
「ねぇマスター、今日のメニューがカボチャ祭りになってるのってぼくの気のせいだよね?」
「いや、すまないが今日出せる料理はこれだけだ。他の仕事の関係で大量にカボチャを使うことになってな」
マスターが渋い笑顔を浮かべてカウンターから取り出したのは、見事なジャック・オ・ランタン。ハロウィンの顔とも言えるカボチャのオバケだ。
「それって…」
「市長直々に、今夜の舞踏会でクリスタル・パレスを照らすために大量のジャック・オ・ランタンを作ってくれという注文が入ったんだよ。まかせておきなさい。我ら倫敦パブ組合の総力を結集してクリスタル・パレスを一夜限りのパンプキン・パレスにしてあげよう」
そう言ってマスターはフフフと笑う。この気合の入りようを見ていると、あのクリスタル・パレスがどうなってしまうのか…ちょっと恐いような、でも見てみたいような気がする。
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「っていうことがあってさ、誰も彼も今夜の舞踏会のことばっかり」
注いだ人の人柄を表しているかのような優しい香りのハーブティを片手に、ぼくはこれまでのことを語る。テーブルの向かい側でこの部屋の主、ヴァージルはティーポットを置いてにこにこと話を聞いてくれている。
「…そう」
「アリエスや相棒だけじゃくて、先生やミス・マーガレット、それにアイリーンさんまですごく楽しみに
しているみたいなんだ」
「…みたいだね」
「…ねぇ」
「何だい?」
「ヴァージルは?」
「ん?」
「ヴァージルは楽しみじゃないの?」
愚問、という気がしたけど、ついそう聞いてしまった。彼がハロウィンではしゃぐ姿なんて想像できないっていうのに。
「楽しみだよ」
だから、ヴァージルからそんな答えが思いもしなかった。
「本来交わることのないこちらの世界とあちらの世界が交差する、今夜は二つの世界が共にあることが許される夜。それを多くの人が喜んでくれるのは嬉しいし、楽しいよ」
…。
ああ、びっくりした。別にダンスパーティが楽しみだ、とかそういう意味じゃなかったのか。
「そういうレミルだって…本当は楽しみなんだろう?」
「なっ…ぼくは別に!?」
「狼男のお面、一週間前から鞄の中に入れっぱなしだったよね」
う…どうしてバレたんだろう。その通りだから言い訳のしようがないけど。僕が慌てているのに、ヴァージルは何事もなかったかのようににこにこしている。それにつられて、僕も無理に格好つけることもないかな、なんて思ってしまう。
「楽しんでおいで、この夜を」
「うん、ありがとうヴァージル」
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家に戻る頃には、空はもうすっかり赤くなっていた。
「あ〜っ、レミル!どこに行ってたのよ〜、早くしないと置いていくわよ〜」
「あにき〜、パーティ、パーティ」
向こうから声がする。アリエスや相棒、それに後ろには先生…ううん、ぼくや皆だけじゃない。思い思いの格好をした人達が、足取りも軽くクリスタル・パレスへと向かっている。
「待って、今いくよ!」
さあ、もうすぐ日が暮れる。
行こう、今夜は舞踏会。
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