『沙羅のみちゆき』


長い長い旅の末に戻ってきた修門砦は荒れ果てていた。
天狗が出ると言われる山奥の「聖地」に近いからか、少女がここを出てからきっと誰も立ち入ることがなかったのだろう。崩れそうな建物には彼女が旅に出るきっかけになったあの襲撃の跡が僅かに残ってはいるが、それも風雨にさらされて薄くなり、今は廃墟か遺跡と呼ぶにふさわしい程の荒れようだった。
柱だけになった入口をくぐると、草だらけになった前庭に、石碑だけがあの日のままに残されていた。
不思議なことに、苔の一片さえ付かず、ついさっき誰かに磨かれたようにも見える白い石碑。修門砦の開祖───名前は忘れてしまったが───の魂が宿っているという。冷たく光るその表面に触れると、不思議な温かさとともに、力がわいてくるのを感じる。

────「沙」・・・・・?

この修門砦では、四国有数の霊場として修験の道を求める者たちの修行が行われていたが、その中で傑出した力と「沙」の血を持っているのは自分だけだと言われていた。だが、もしかしたら砦の開祖も、「沙」の一族の者だったのかも知れない。いつかこの砦にやってくる自分のために、この石碑を残したのだとしたら・・・・?
自分が「沙」であること、才蔵に引き取られて砦にやって来たこと、全てが必然だったというのだろうか。

────必然・・・・そう、この戦いの全てが・・・・

あの日、突然に砦を襲った災厄。それをきっかけに日本全国を歩き回り、大陸に渡り、前人未踏の霊境・崑崙にまで達することになった。
幼い頃からずっと、沙、沙と言われ続け、たしかにそれが常人にはない戦いのための力の源となっているのはわかっていたが、何故「沙」が歴史の理を繰るとまで言われるのか・・・謎のままだった。
崑崙の者たちの言葉でも、全てが明かされることはなかった。

「沙」とは何なのか。

明確ではないにせよ、彼女は長い旅の中で、おぼろげながらその答えを感じ取ったような気がしていた。
卑弥呼が、そして秦の始皇帝が崑崙の民であったように、「沙」の祖も、もしかしたら遙かな昔に崑崙を降りた者だったのかも知れないと。
対岸の見えないほど豊かに水を湛える黄河に、砂に煙る泉に寄り添うような石造りの街に言いしれぬ懐かしさを覚えたのは、大和の国で生まれ育った少女の血にも、西域より渡ってきた遠い祖先の記憶が残っていたのかも知れないと。
少女の深い処で何かがそう告げていた。

では「沙・羅」とは。

どちらが滅ぶこともなく何千年にも渡って戦いを繰り返してきた、二つの「意志を持つ郷里」、崑崙と魔導宮。彼らの戦いが天上のものだとしたら、自分たちがしてきた戦いは、それが人の世に映し出されたものだったのだろう。
崑崙の意を代弁する「沙」・・・。ならば「羅」とはやはり魔導宮側の・・・・?



「・・・・・・・・・・・・・・」

少女は一つ、溜息をついて立ち上がった。
入り口にとって返すと、柱に辛うじてぶら下がっていた「修門砦」の札を外した。草を刈り、崩れた建物の木片を焚き付けに、札に火をつける。やがて炎のはぜる音と共に、細い煙が風のない空に昇っていった。
「才蔵さま・・・・これで、終わりです、私の旅・・・・・」
ここから始まった旅を、やっと自分の手で終わらせることができた。
そんな少女のつぶやきを聞く者は、もう誰もいない。

「ここは「終わるところ」だけど、「帰るところ」じゃなかったのね・・・」
旅をしている時には考えたこともなかった。自分はいったいどこに「帰る」のだろうか。
そう思ったときに、少女の心に浮かび上がったのはやはり、海の向こうの・・・黄色い河と黄色い砂の広大な地。
宛てがないのなら、心のままに向かってみるのもいいかもしれない・・・。

戦いが終わり、自分の持っていた「沙」の業は消えた。だが「沙の血」までが消えてなくなったわけではない。それはあちらにとっても同じことだろう。
・・・こんなことを考えるのは、「沙」の者でも自分一人かも知れない・・・
だが、始皇帝はこう書き遺した。『それゆえ、我が心「沙羅」…』。地上の平和を望んだ皇帝が「沙羅」の心と。
「沙」と「羅」、相反するものが、共に願ったのが平和だったとしたら・・・・?


なぜ刺客として送られてきた「羅」の者たちが、自分を狙ったのか。
なぜ同じ「沙」であるはずの常由や巳陰ではなく、自分に戦いの行方が委ねられたのか。

・・・もしかして、もしかすると・・・・

自分が沙の血を持つ「娘」だったからではないか。
ならば、「沙羅」とは・・・・。

例えば、天と地が交わることは永遠にないだろう。
だが、「沙」と「羅」の道・・・・それは祖たる「意志を持つ郷里」が決めるものではなく、自分たちで作っていくものだとしたら。
そして、共に願うものが同じだったとしたら。
その道行きがいつか交わるところがあるかも知れない。

「それが、「沙羅」・・・・?」

確かめたい。そう少女は思った。
出会ったのは確かに「沙」と「羅」の宿命によるものだったかもしれない。
「でも、それももう終わり・・・・」
だから、ここから先を決めるのは運命などではない、自分の意志なのだと。

「・・・会いに、行きます・・・・。」
「沙」「羅」の道行き・・・・その先がどうなっているのかを、確かめるために。


 

 

《END》   ...2005.10.31  (prototype ... 1994.05.02)

 

 

 

 


10年以上ぶりくらいにEDを見て書き上げました。
覚樹さん×女主のつもりが、覚樹さん←女主というか、弁外考察まとめ、みたいになった・・・。
しかも女主じゃないと意味のない考察なのでむしろ妄想ですNE!

 

 

 

 

 

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