突然、二人きりでいることに気付いてしまった。
二人で倉庫で仕事をしてるなんて、なんでもないことだったはずなのに。
クロウにちょっと手伝ってと言われて、ヒマだったからいいよとうなずいて、二人で地下に下りて来たのだ。バジャーが踏み台に乗って高い棚の上に手を伸ばし、クロウがリストを見ながらあれとあれとそれ、と言うのを取って渡し、そのあと床に並べたそれをクロウが検分したりバジャーが埃を払ったり、そんなオークションの裏側の地味な作業をしている時だった。
あ、なあそれさ・・・、とクロウがバジャーの持っている細工物の煙草ケースを覗き込んできた。その時不意に気付いてしまったのだ。今、ここに二人きりでいることに。
「な、なに・・・・?」
普段の自分の受け答えや挙動が人慣れしないように見えるのは自覚していた。心の底から信頼しているはずの黒カラス団の仲間にさえもそうで、でもそれがバジャーの全てじゃないとわかってくれている、それを知っているから安心して無口だったり素っ気なかったりしていられる。
でも、クロウに対してはそんな態度、今更あるわけがないのだ。
お互いの部屋に遊びに行って二人きりになって、自然に距離が近くなって腕や肩が触れる、何気ない感じで髪を撫でる、それからキスをすることだってある。
なのに、今更どうして、二人っきりだからって・・・・
覗き込んできたクロウの帽子のつばがバジャーの額にこつんと当たり、「あ、ごめん」とクロウは帽子を脱いで傍らに置いた。
髪の匂いがふわりと届き、息遣いがバジャーのすぐ近くで聞こえる。
「・・・・ッ・・・・」
他の誰ともあり得ないことだけど、これくらいの距離、クロウだったら当たり前のはずなのに。
ここが自分たちの部屋じゃなくて倉庫だから?
もし誰かがここに来たら・・・・って、今は黒カラス団の仕事をしているだけで、別に何もおかしなことをしているわけじゃないのに。
どうしてこんなに、心臓が痛いくらいドキドキしてるんだろう?
「・・・バジャー、どうかしたのか?」
息を詰めて動けないでいるバジャーに気付いたクロウが、訝しげに顔を上げて真っ直ぐにバジャーを見る。その視線を受け止めるのが何故か怖くて、バジャーは少し俯いて前髪の奥に動揺を隠そうとした。
「・・・な、なんでも・・・ない、よ・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
明らかに挙動不審。他のみんなにはいつものバジャーに見えても、クロウにはわかってしまっているだろう。
「・・・バジャー、もしかして・・・・」
「な、なに・・・・?」
クロウの目が前髪越しにバジャーの目を探る。見えてないけど見える、クロウの瞳。
「もしかして、オレのこと、意識してる・・・?」
口の端が笑みの形に持ち上がる。ふ、と吐息だけでクロウは笑った。
見透かされている。恥ずかしい・・・けど嫌じゃない。
クロウはさりげなくバジャーの手から品物を取り上げて床にそっと置く。俯いたままのバジャーは、そのほんの少しの手の動きから目が離せなかった。
「・・・バジャー」
す、と間を詰めて座り直したクロウが、バジャーの腕を掴んで引き寄せた。
「・・・・っ・・・、クロウ・・・・離して・・・」
「やだ」
思いがけない接触に動揺するバジャーに、クロウはくすくすと笑う。
「クロウ・・・か、からかってるの・・・?」
「違うよ、面白がってるんだ」
そう言いながらクロウは、バジャーの腕を掴まえて放さない。
「だって最近は抱き締めてもキスしても嫌がらなくなったし」
「あ、あれは・・・嫌がってたんじゃなくて、・・・慣れてなかったから、で・・・」
「・・・・今は?」
ああ、わかっているのに答えを聞くんだろうか、クロウは。
──── そう、何も言わなくても、いつもわかってくれている。
うまく言葉が出てこなくても、うまく気持ちを伝えられなくても。言葉が足りないせいで素っ気ない、興味ないみたいに思われても仕方ないのに、クロウはちゃんとわかってくれてる。わかってくれてると、掛け値なしに信じることができる。
そんな相手はクロウだけなのだ。
でも、時には言葉が欲しいと・・・・さすがのクロウも、思うらしい。
「・・・・・今は?・・・どうして ───」
耳のすぐそばで、クロウの声が聞こえる。
どうしてこんなに、ドキドキしてる?(俺の心臓の音、聞こえてる・・・?)
どうしてこんなに、熱があるみたいに身体が熱い?(クロウの触れてる腕から全身に熱が伝わってくるみたいだ)
どうして ────・・・?
バジャーはいつも目を逸らしてしまうけれど、顔を上げればそれはいつも自分を見てくれていると知っているから。
相変わらず半分前髪に隠れたままではあったけれど、顔を上げて、クロウの視線を受け止めて。
「・・・・クロウのこと・・・好き、だから・・・・」
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「───── ッ ・・・・」
不意打ちだ。
いつも半分前髪に隠れていて、しかも微妙にクロウの後ろの方に逸らされていたりして、ほとんど合うことのないバジャーの視線が至近距離でクロウの目を捕らえた。しかもバジャーからはめったに言ってもらえない「好き」というストレートな言葉付き。
・・・まあ、オレが言わせたようなモノだけど。
でも、言わせた言葉が、目が合ったというだけでこんなにも、何百倍もの威力になってクロウに返ってくる。
本当に、バジャーには敵わない。
自分たちの部屋で二人でいる時は「そう」だってわかってるからドキドキするけど、ここで二人だからってドキドキするとは思わなかった・・・と、バジャーは言い訳するみたいにぽそぽそ呟く。
「・・・オレはいつだってどこだって、バジャーと二人でいてドキドキしないことなんかないのに」
「え、そ、そうだったの・・・・?」
なんかごめん、と焦りながら謝るバジャーはやっぱりどこか的外れだったけれど、そんなところも可愛いのでまあいいか、と思う。何よりバジャーを焦らせたりドキドキさせているのは自分なんだと思うのは、くすぐったいようなゾクゾクするような、得難い喜びでもあった。
「別にいいさ、バジャー。オレたちが全部同じなんてこと、あるわけないだろ」
自分の方がよりドキドキしてたっていうのは、ちょっと悔しいけど。
「そういうところも・・・全部。好きだ。バジャーのこと」
だからもっと、ドキドキすればいい。
オレのこと、好きになって、部屋でだって倉庫でだって、普通に道を歩いている時だって。
二人でいることにドキドキしたり、嬉しかったり。
「・・・これが・・・恋、っていうやつ、なんだ・・・?」
今更みたいにしみじみ呟くバジャーに力が抜けそうになりながらも、クロウは掴んだ腕を引き寄せてバジャーを抱き締めた。
「わ・・・く、クロウ・・・!」
「・・・ここ、倉庫だから、誰か来るかも知れないけどな・・・?」
「・・・・・・・・!」
もっとドキドキすればいい。
もっと心を動かして、動かされて、好きになりたい。
・・・何よりこんな面白い反応見られるんだから、倉庫っていうのも悪くないよな?
「──── ・・・・、倉庫・・・倉庫、は・・・ や め よ う よ ・・・・ !!」
《END》 ... 2010/09/16
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最初の方のひとかたまりを書いてから3ヶ月寝かせたらこんなんできた。適当に英語でタイトル付けたけど、本当は「倉庫でうにゃうにゃ」・・・それ以上でも以下でもない(笑)。
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