「バジャー」
「・・・なに?」
「前髪、上げていい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・なんで」
「なんで・・・って、あんまりちゃんと見たことないからさ」
「・・・・・・・やだ」
「えー」
「だって、そんなこと、いまさら・・・・」
「・・・恥ずかしい?」
「う、ん・・・・・・」
「おデコ全開にしたいわけじゃなくてさ、ほんの少しだけでいい、バジャーの目、見たいんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・ちょっとだけ、なら・・・・」
「ん!」
クロウがバジャーの顔に手を伸ばすと、その動きだけでバジャーはびくっと身体を固くする。驚かせないように、怖がらせないように、そっと前髪に触れた。
さらさらとふわふわの間くらいの、ボリュームのある前髪を半分すくって流すと、さらりと微かな音を立てて落ちた。たぶん、今きゅっと引き結ばれている口元と同じように、前髪の向こうの両目も瞑られているのだろう。
「・・・・・・・・・」
両手を頬のちょっと上に添えて、親指で前髪を真ん中から分ける。
そのまま手のひらで包み込むように左右にかき上げると、案の定ぴったりと閉じられた両の目蓋が現れた。
軽く閉じられているように見えて、もう少しで眉間にシワが寄りそうな、微妙な力の入れ具合。何か少しでもヘタなことを言ったりしたら、その瞬間クロウの手を払いのけて飛び退いてしまいそうな緊張が伝わってくる。
「・・・・バジャー・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「目、開けて・・・・・・」
いつだったか屋根の上で、吹き抜ける風にあおられた前髪の下に見えたバジャーの目。
太陽の元、一瞬だけ見えたそれはたぶん、深い緑・・・ミストハレリの町を覆う木々にも似た緑色だったような気がする。
でももしかしたらそれは光の加減で、本当は丘の上の湖のような青だったかもしれない。
俯き加減に、それでもゆっくりと、バジャーは目を開いた。
睫毛の落とす濃い影の下のそれは、森の深い緑色か、それとも凪いだ湖面の青色か・・・
覗き込んだクロウの目と、隠すもののなくなったバジャーの目が合った。
《END》 ... 2010/04/16
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江川達也の源氏物語で、普段は御簾越しにしか会わない男女が直接顔を見合わせるというのはもうそれだけで性的なんだよっていう話を思い出してですね。 |